Archive for November 5th, 2004

自分の位置 (in terms of what?)

Friday, November 5th, 2004

>> むろん、自分の「位置」を見定めたからといって、それで何かが大きく解決するわけではないんだけど。でも、日常、社会的に、時間的に、つねに「自分の位置」を確かめているように、自分が地上の「どこにいるか」を確かめたい、という抜きがたい衝動が僕らにはある(いや、あんまり関心のない人も多いみたいだが、経験的に、20人に1人くらいはそういう欲望を持っている人がいる)。これは実は、わりと根源的に、僕らの自己同一性に関わってくるくらいの「衝動」に思える。「地図好き」は、日本で初めて「茫漠たる座標系の上での自分の位置を確かめつつ」列島を一周した伊能忠敬から連綿と続く、「地表系の系譜」の末端にいるのである。名付けて「伊能組」。<<

「20人に1人」というのは、コリン・ウィルソンも言っているような、人類の約5%位のひとがソウだというアレみたいだな。(← 何のことかすごく分かりにくい)

その確率論はともかくとして、自分はその1人に含まれるのかというと、正確にはソウではないのかもしれない。だって正直言うと、地上の「どこにいるか」というのには、自分はあまり関心がない。だが、ある種の「自分の位置」には関心がある。たとえば、「(政治)思想的な位置」とか(笑)。だが、それよりもなによりも、一番関心があったのは、おそらく「時間的に」というヤツだろう。もっと言えば、「終わり」と「始まり」のある有限な人類史(歴史)の中の、どのあたりに自分がいるのか、と言うようなことだ。そして、それがありありと見えたことがある。

どうして、それが見えたのか。「見たかったから」だろう。それは、いしかわ風に言うと、根元的な自己同一性に関わって来るくらいの「衝動」だった。今はちょっと違う。見えたものは、もはや隠せない。フタはできない。だが、それを常に確認したいとは今は思わないのだ。

パロディ:「歴史好き」は、ギリシアで初めて「茫漠たる時間軸の上での自分の位置を確かめつつ」歴史を一望した古代ギリシアの歴史学から連綿と続く、「時間系の系譜」の末端にいるのである。名付けて「ヘロドトス組」。