Archive for December 22nd, 2005

“伝統”数秘学批判
──「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [2]
序論(中)

Thursday, December 22nd, 2005

● 数を巡る一般論

数の話をしなければならない。それは、数字というものが一見込み入ったものとして現れる秘教的象徴体系の解き明かしの第一の糸口であると言っても過言ではないからである。単純化を恐れずに言えば、数字は、象徴的図像群が最初に伝えようとするものである。数字と言うものは、発信の側のみならず、象徴の受け手の側からも最初に「解読」可能になる普遍的な入り口としての性質を帯びているからに他ならない。

数とは、すなわち事物を数えるのみならず、順序・序列を表し、また「時間」を表すのにも利用される。極めて古い時代に「伝達」の努力が開始されている秘教関連の象徴的図像群は、数性を積極的に扱うものであるが、複雑な数学概念を伝えるものではない。自然数の中でもいわゆる「整数」と呼ばれるものが中心である。当然、小数点などを扱うわけではない。そのような数字はあくまでも数学に属するものであり、単純な構造を持っている図像群が扱ってこられた種類のものではないのである。

発信者の側に身を置いて考えてみるのも良い。数字は、本来、単純なものであり、間違いなく通じれば、それ以上でも以下でもない極めて純度の高い情報として伝達が可能なのである。そして、その数が歴史的エポック、すなわち周期性(回帰性)を表すことが出来れば、その役割は立派に果たされる訳である。

● 「ゼロ」への最後の一瞥

本題に入るに当たって最後の回り道をしよう。学問的に言えば、数を語るにあたって「ゼロを落とす」わけに行かないという指摘が出そうな話であるが、それがとりわけ本論で展開する「謎解き」において、果たして有効かどうかに検討の余地があった。数学史を振り返るとき、“0”という「数字」を「発見した」インドの存在がほとんど必ず言及される。だが、秘教的象徴図像の中で、「ゼロ」の概念の果たしてきた役割は、むしろ「無」や「空」に関連のあるものである。それは歴史と言う時間の概観を扱う文脈の中では、順序や序列を表す数字群の一つであると考えるよりは、一つの巨大な歴史的エポック全体を指してそれを「空」と呼ぶ時に登場するものである。確かに“0”の概念がインドから登場したという歴史的事実は極めて象徴的ではある。だが、それはその厳密な数性を考えての話ではなく、これまで「Ω祖型」についての論考においても記述した様に、円相の図像が指し示す「閉じられた周期」と永遠回帰の「空性」にむしろ関係がある。

つまり“0”の概念は「歴史のリセット」との関連で登場するに相応しいものである以上、秘教的知識と大いに関わりがあることに違いはないが、ここでは数字の1から始まり8で一巡する数字の周期性とそれに密接に関わる図像を中心に観察を進めていくことにする。

● 7の法則

「7の法則」は、「オクターブの原理」と言い換えることも出来るものである。根本的な起源は、これは旧約聖書の『創世記』が参照先として考えられるように、ユダヤ=キリスト教文化の起源であると当面は判断できるものと思われる。この7の聖性は、神が「天と地とその万象とを6日間で完成し、7日目に休んだ」という“記録”に基づいている。こうした宗教教義が「6日間働き、第7日を安息の日とする」文明人の生活のリズムを産み出し、やがては現在知られているような週7日のカレンダーへと発展していった、と考えることはできる。あるいは、『創世記』の成り立ちよりも遥かに古くから、人々は(理由はともあれ)週7日という生活のサイクルを営々と歩み続けており、そうしたサイクルが『創世記』という伝承の成立に反映した、という可能性もなくはない。しかし、7を聖数とする起源の歴史的真相はともかくとして、少なくともヨーロッパ社会にとって、「世界最古の歴史文献」と信じられている聖書がまず先行し、そのために人々の生活体系ができあがっていったのだという考え方が優勢であっても、それはまた自然である。{4}

また、現代社会で断然優勢を誇っている音楽上の勢力に「西洋の音楽」がある。西洋の音楽は1オクターブ中7音を主音とし、その中のある基本音から数えて、上向した場合、第7音が音階の最終音となる。すなわち、第8音で最初の基本音の周波数の2倍音に相当する同名の音に戻る、という音階の方法を採っている。

たった今「1オクターブ中7音を主音とする」と述べたが、無論これは1オクターブを「7等分」するのではない。そこで「1オクターブの無数で連続的な音のスペクトラムから7音だけを抽出しなければならない理由はなかった」という主張も可能となる。問題を単純化すれば、確かに、現在「平均律」として知られている音階調声は、1オクターブを12等分し、その内の7音を主たる音素として使用したものだ。しかも気を付けなければならないこととして、現在ピアノの調律に使われているような「平均律」という人工的な音階が、原始時代からあったわけでもない。付け加えれば、そうした音階が特に現代の音楽のあり方を決定付け、現状のような様相へと導いた西洋の和声的音楽の発展の中で発生した、いわば「逸脱」的な方法のひとつであった、という言い方さえ可能ではある。

しかしながら、こうした一連の可能性を鑑みても、次のようなことが正しいとも同時に言えるのである。すなわち、1オクターブを12等分し、そのうちの7音を主音とする音階概念が(和声学的に完全に合理的であるとは言えぬ一方で)、純正率の音階に「きわめて近い」ものであった、ということなのである。さらに、人声や弦・管楽器に半固定的に調律され与えられた音階は、奏者が合奏の際、調和的響きを獲得するのに技術的に修正可能な範囲であったことは特筆に値する。

元来、音階は和声(すなわち2つ以上の音のあいだに生じる調和的響き)を優先するような「分割および選択」を好むものであった。「和声学上の調和を前提とした音楽」(無論それを前提としない音楽も数多く存在するが)には、ピアノやオルガンのような完全に固定化された「音階」というものが、むしろ調声の破壊(調和からの逸脱)をもたらす。「平均律」は、もちろん(音程を固定せざるを得なかった)鍵盤楽器に応用され、数多く存在した調律法における言わば「妥協」を伴った必然的結果であり、和声的調和を敢えて無視した音階であるとも言えるわけである。それでは、和声的音階が音階の理想たる「純正律」である、と断定できるかと言えば、それはまた完全に正しい訳ではない。「2音の振動数が簡単な整数比である時に、それらがよく協和して聞こえる」という“発見された法則”をもってすれば、音階的理想像である「純正律」に近づくことができるばかりか、ひいては現在広く使われている「不完全な」平均律に接近するということに違いはない。前述したように、人声や管・弦楽器などのように微妙な音程の調整が演奏時に可能である楽器には、「固定的な音階が存在しない」という言い方ができる。しかし、それでも楽器間の和声的協和を求めることができるそうした楽器でさえ、(トロンボーンを除く管楽器では特に)ダイアトニック・スケール{5}を演奏しやすいよう設計されている、と言うのは一般的に正しい。すなわち、オクターブ中7音を主音として抽出する西洋の音楽のスケールには、ある種必然的に「合理(平均律)」に達しうる普遍的な傾向を内包していたと言えるのである。

つまり、オクターブから7音を抽出するという音階概念が西洋で発達したのは、第7音でひとつの周回が終了し第8音で次なる周回の開始となるために、ヨーロッパの秘教的象徴の文法を音によって踏まえているということができる。したがって、その音階がヨーロッパの発展系音楽の主要な音素となったことには、一定以上の象徴性と必然性があったと言うことが出来るのである。

●「無」、そして「完全なる無意味」に対抗する「反復」概念の誕生

今回の西洋中心の文明の担い手は、完全な人類の文明活動の無(空性)、すなわち“0性”を想定するよりは、むしろ活動の「無限(永遠)の」繰り返しという概念を説明するに当たって、この「数の法則」を導入することに何らためらいを覚えなかったはずである。(そうなのだ。)彼らがそうした法則を人類史全般に当てはめようとする限り、私が「永遠回帰」の法則によって『今回のこの世界』の全てを説明しようとするこの試みは、ますますもってその「正当性」の証明とともに、その意義を発揮していくであろう。

敢えて認めるならば、「1オクターブの無数で連続的な音の集合から7音を抽出しなければならない理由はなかった」という主張が可能であるのと同じ意味で、人類史全般が、とりわけこの「7の法則」に則って説明されなければならなかった合理的な理由もない。現に、アジアの諸国で知られており、今でも祭儀上有効な太陰暦(旧暦)には、このような7の法則を事実上見いだすことはできない。むしろ6日周期で日は巡り、6、12、24、60などという6の倍数に関連したしきたりや習慣が暦に見いだされることにも注目すべきである。これには、不正確ではあるものの、1年が360日に非常に接近していることや、1年360日を12分割(6の倍数)した場合のひと月が30日(6の倍数)になるなどの理由があるに違いない。閏月などが生じる欠点はあるにせよ、6の倍数を暦に取り入れることは、むしろ数学的にきわめて合理的な方法であったと言えよう。

しかし、ここで強調されるべきは、西洋の、ひいては世界の「7の法則」に関する出自が、単に宗教的起源を持つのか、あるいは科学的根拠を持つのか(はたまたいかなる合理的根拠も持たないのかもしれないが)西洋を中心としたこのたびの文明の歴史が、その法則を表現上採用したものであり、事実上それを「当てはめる」形で象徴を顕在化させていることは確かなのだ。そしてそのためにわれわれにとっては象徴群による歴史的動向の「解読」を蓋然的に??必然的に、ではないものの??可能にしているという認識が前提となる。

●「無意味な反復」からの解脱を許されぬ者、プロメテウス

世界に暗号が存在し、それがある者同士の通信手段として、あからさまに機能し続けていくならば、それを(他人を説得できないまでも)第三者が解き明かし続けることができるのは自然な成りゆきである。なぜなら、繰り返すようだが、解読不可能な暗号は存在しないからである。この象徴手法に肉薄することは、「数」の持った戦慄すべき秘密に驚嘆を持って接することを意味する。

プロメテウスは、天上から盗み出した「火」を人類に渡したことで、山頂上に鎖でつながれ、その肝臓を鷲についばまれ続ける、という罰にあった(あい続けている)。彼は死の苦しみを味わうが、肝臓は、知っての通り、次から次へとその細胞を増やし生えてくるために、死ぬこともできない。それで彼は永劫の苦しみを孤高な山頂で味わい続けなければならないのだ。

このような世界が繰り返しうること、そしてその繰り返しだけが、救いがたい人間の唯一の救いとして機能し続ける側面があるのは戦慄すべきことである。しかし、その繰り返しを「望み」、繰り返しのみが唯一の救いであると考えているのが、他ならぬ象徴主義的歴史主義者たる現代のプロメテウス達(プロメテウス信仰者達)なのだ。

秘密への肉薄は畏怖を伴う。だがわれわれは、秘密を把握する者として、また真相を知る者として、そしてその繰り返しは意思次第で逃れうることを識る者として、唯一の希望を見出すことになる。プロメテウスは、本来秘密を管理しなければならない立場だった。今もそうである。そのために彼らは、次の機会さえあれば、またしても生き抜き、幾度でも山頂における孤独をひとり味わい続けようとするであろう。

現時点でわれわれには、この“発見”が人類への希望として機能しうるのか、戦慄の悪夢の序曲として機能することになるのかは判らない。少なくとも、それは我々(が学問的に知りうる限りの)人類という生命にとって、かつて経験しなかった規模の“或る出来事”(それはかつて起こり、未来において起こりうるエッポック)の「実在」を知らせるものとなろうことは相違ない。

そしてこれこそが<普遍的題材>の名前で呼ばれるに相応しい唯一の内容なのである。

[3] 序論(下): 数性と歴史の回帰の秘儀