元カレンダーから始まる新年
Sunday, January 1st, 2006商業主義と結びつかない限り、節目や儀礼というものは無駄なものではない。それどころか、われわれに様々なことを気付かせ考えさせる契機となる。ただ、今日では「節目」が商取引と結びつかないではいられないので、夏至祭(降誕祭)や正月の儀礼までが、反商業主義という「ほとんど絶対的な良心」によって批判されてしまうことがある。ある程度仕方がないことであるにしても。
自分が提唱する元カレンダーについては昨年も数度言及していたが、今年の1月こそ、まさにこの「元カレンダー: archetypal calendar」なのである。これは先月、12月25日が日曜日であった時点で分かってはいた。
いずれにしても、元カレンダーが巡ってくると、第1日は日曜日。すなわち、当たり前な話だが、こうした月には「6日は金曜」だし、もちろん「13日は金曜日」になる。これは縁起が良いの悪いのといった「迷信」とは(基本的には)関係がない。問題は、われわれがその祖型的カレンダーから何を受け取り読み取るか、なのである。
まだゆっくりご覧になっていない方は、お休みを利用して(?)ぜひ「元カレンダー」と第三周の世界あたりを読まれたい。というか、暦茶碗を取り上げた集団的な「浄化」儀礼と<宝珠>の伝えるもの[1]あたりから、読んで頂けたら本当は大感謝なのである。
今度「元カレンダー」が巡ってくるのは10月である。だが、こうした元カレンダーが新年の最初の月(正月)に巡ってくるのはそうしょっちゅうあることではないだろう。まさに「正月: correct month」の名に相応しい巡り合わせである。
節目を思い出させてくれる節目に相応しい「祖型的な暦」が、皆さんのお宅の壁にぶら下がっている新しいカレンダーによって示されている筈である。
賀正 2006