「金剛」への第一歩
エリアーデ語録 #3

(page 58)

「鍛冶神トゥヴァシュトリは、ヴリトラと戦うインドラの武器[ヴァジュラ]を作る。ヘパイストスは、それによってゼウスがティフォンを打倒することができた雷電を作る。しかし、鍛冶神と神々の協力は、世界の至上権をめぐる、決定的な戦いを助けることのみに限定されていない。鍛冶師や鋳物師が同時に音楽家、詩人、冶病師、呪術師であるように、この鍛冶神は音楽・詩歌と関係している。」

エリアーデ『世界宗教史 I』「冶金術の宗教的文脈──鉄器時代の神話」

「インドラの武器」「雷電」と来れば、おそらく金剛杵(こんごうしょ)の類のことだろうと見当をつけて「ヴァジュラ: vajra」を調べたら、やはりそのようで、日本で独鈷杵・三鈷杵*・五鈷杵などの名前で知られる「あの武具」のことであった。密教の世界では仏具として利用されていることは広く知られているものだ。

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最近ではこの「武具/仏具」が装身具のように身に付けるものとして売られていたりもする。だが、エスニック系アクセサリーショップなどから入手しやすいそうした五鈷杵などを見ても分かるのだが、どれにも共通するそのデザイン上の特徴とは、それが中心の真っ直ぐな金属柱とそれにぎりぎりまで近づけられていても触れることの無い距離保って位置づけられ先鋭化された金属の湾状の枝がある、言わば「フォーク」形状にある。もちろん、デザイン状の便宜で中心の金属柱と湾状の枝部分がつながってしまっているものもあるが、それはアクセサリーとしての強度を確保するための便宜でしかない。

* さんこしょ:地上に洪水をもたらすギリシア神話上のポセイドンが三又の鉾(trident)という武器を持っており、それが三鈷杵とも形状的には似ている。

この決して触れることの無い距離まで近づけられた金属先端の突起形状は、いわゆる点火装置(イグニッション/スパーク・プラグ)に見られる特徴である。

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全体図

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拡大図

これはエンジンの燃焼室内のガソリンと空気の混合気を一気に点火するためのプラグであって、1台のクルマにいくつも付けられているものだし、クルマが好きな人なら自分で古くなったイグニッション・プラグを新しいものに交換したりした経験があるかもしれない。それだけ一般的で親しみのある自動車パーツと言えるだろう。このプラグは2つの電極を持ち、距離を持って配置されたこの近接した突起部分に一瞬高い電圧を掛け、そこに放電を起こさせて、それに伴って火花(スパーク)が散るようになっているものだ。その火花が混合気を一気に燃焼(爆発)させる。まさに人工に起こすの小さな雷である。おそらく爆弾の初期点火装置も似たり寄ったりの形状をしていると思われる。

面白いのは、このイグニッション・プラグに似た形状を持った三鈷杵や五鈷杵が、雷電を起こす神(インドラ/帝釈天)の「持ち物*」として知られていることである。そして「点火/点火する」を意味する(ignition, ignite)が、インド=ヨーロッパ諸民族として、ヨーロッパ言語と多くの共通音を持つサンスクリット語の「アグニ: agni」に語源を持つという事実である。アグニ神は、ヴェーダに出てくる火神であり、民衆の間では台所や竈(かまど)の神として知られる。「天にあっては稲妻として走り、地では祭火として燃え盛る」と言われ、炎によって事物を浄化(更新)するその行為の主である。Wikipediaによれば仏教界では「火天」とも呼ばれると言う。

* アスラ族の王ラーヴァナの大軍を一撃で死滅させたインドラの武器は「インドラの矢」とも呼ばれている(ラーマーヤナ)。

この破壊の一撃をもたらす「法具」である五鈷杵が、チベット密教のカーラチャクラの儀式の最後の場面に出てくるのはきわめて印象的である。専門のラマ僧によって細心の注意をもって時間を掛けて入念に完成された精妙なる巨大な極彩色の「砂のマンダラ」を、「世界の至上権」を体現するダライ・ラマが五鈷杵*を手に破壊するという場面である。破壊されることが前提として描かれるこの極彩色の絵を成立させる、原色に近い多量の顔料の砂は、混ざってカオスに戻ると嘘のように、灰色の砂漠のような砂に変容してしまうのである。

* これの英訳がthunderbolt(イカヅチ:怒槌)と訳されているのを見たことがある。

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