金剛への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<対称:symmetry>の伝えるもの[3]
日本の「フィニアル」

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■ 日本の「フィニアル」

石灯籠が道教思想の世界観の反映であることは既に述べた。またそれが最下部から最上部に掛けて「地・水・火・風・空」を表現しているらしいことも既に知られたことである。最下部が「地」を表すことは説明を要すまい。春日灯籠と呼ばれる背の高い石灯籠の「基礎」部分には「返花」と呼ばれる装飾が見出される場合がある。確かに下から2番目の「水」が図像的には明瞭さに欠いたものである(と言うより、どこからが2番目なのかが不明瞭である)にせよ、この「竿」と呼ばれる柱の上にある「火」の部分が灯籠の機能部分、すなわち実際にロウソクなど「火」を灯す箇所である*ことは断るまでもない。これが「火袋」である。そしてその上の屋根の「軒先」に当たる部分が「風」となる。これは「雲気」を表していそうなことはその特徴のある意匠からも想像できる。これは「雲の形を切り抜いた(模した)もので、怪異や霊威などに伴って生ずる超自然的な雲」(大辞林 第二版より)と説明されるいわゆる歌舞演芸などで使われる舞台装置である。これが「風」によって渦を巻き起こしているさまである。この「屋根」の部分を石灯籠では「笠」と呼び、渦の部分を「蕨手」と呼ぶ。これは、唐草模様など渦状の意匠パターンに通じる部分があることは見逃すことができない。そしてその上に「空」に相当する品、「宝珠」が据え置かれる。この宝珠は「請花:うけばな」と呼ばれる「皿」に載せられていることがある。

参考

* 灯籠の火を焼べる火袋は正面から見ると「三つの穴」が開けられているものが場所によっては見出される。つまり火が灯されるとそこには「三つの火の玉」(三ツ星)が浮かび上がるという趣向になっているのである。火袋の背面は通常火を焼べるためのアクセスになっている。そして正面が「三つ穴構造」になっていないものでも、この「火」の左右に「日」と「月」を表す形状の穴がそれぞれ開けられているのはより一般的である。ひとつはほぼ真円型で、もうひとつは三日月型の穴である。つまり東西に上る「月」と「日」、すなわち「陰陽」が象徴されているのである。これを一方の穴から覗くと他方の穴を見ることが出来る。これは「蝕: eclipse」を顕す。陰と陽、そしてその蝕について、それらの「超史実的解釈」については、のちに時間を掛けて考察をすることもあるであろう。

石灯籠の最上部にある宝珠(空)、そしてそのすぐ下の屋根を思わせる方形(ないし六角形)の笠の形状は、寺社の建立物の屋根の基本構造と同質のものである。それは屋根の先端に当たる笠の「軒先」が跳ね上がった形状(波頭形状)であり、この跳ね上がって渦を巻いている蕨手の上の頭頂部に擬宝珠など明らかに宝珠を模した形状(フィニアル形状)を持つという共通性が見出される。

西洋の家具、わけても柱時計やベッドに見られる「クレスト」と「フィニアル」の組み合わせとの違いは、石灯籠が対称面を東西南北の4方向(ないし複数方向)に持つのに対し、西洋のモデルは対称面が基本的に正面から見られたときの1方向にしか持たないという点である。

また、石灯籠は言わば、西洋的な「四隅の世界観」に似た構造を例外的に持っているということもできるが、これは東西の拮抗、そして南北の対立を象徴しているようにも見ることが出来る。クレストとフィニアルのパターンは、石灯籠においては三次元的な奥行きと広がりを持っているのである。

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だが興味深いことに、上のような比較を行うと、石灯籠そのものが全体としてひとつの「フィニアル」として見えて来る。つまり、大型のフィニアルに「宝珠」という小型のフィニアルが含まれることが分かる。一方、西洋のフィニアルも対称図像の中の局部的エッセンスとしてだけでなく、宇宙的な全体性を含むものにも見えて来る。そして「全体」を含むものとして捉えると、比較的大型の庭園要素としてのフィニアルには、さらに小型のフィニアルを含む入れ子構造になっていることが分かる。こうした構造は、後に「Ω祖型」と呼ぶことになる一連の象徴的図像の法則の一環を忠実になぞるものであることが了解されるだろう。

■ 鬼瓦という小宇宙

石灯籠と社寺仏閣の形状の類似は明らかであるが、社寺仏閣系の建築物の屋根瓦にも同様の要素が見られる。これはより大きな同質の世界観の中にやや小型のモデルが「入れ子状」に含まれる例である。特に「鬼瓦」の名前で親しまれて来た屋根突端部の特殊な瓦の中には宝珠か、それに準じる形状のパターンが見出される。そしてやはり瓦の意匠そのものが、「雲気(風)」をテーマにしたものであることも広く共通である。

明らかな「鬼の顔」の図像が広く一般的であるものの、中にはその顔に当たる中央の「主要部分」が家紋や屋号・家号(文字)に置き換わるケースも見られる。

例えば冒頭にも掲げ、各地で話題になっている大林組の広告に使われている「巨大な鬼瓦」もその例である。ご覧のように正面の顔は「家号」に置き換わっている。その「大林」という名前も含めて典型的対称図像となっている。偶然の計らいにしても、「林」の金文が、あたかもペアの三鈷杵のように見えることは興味深い。またこの鬼瓦はその形状そしてその主要部分の下に描かれている「雲気」のような渦巻きもよく視て取ることができる。コピーは「工法は変わっても創るスピリットは変わらない」とある。きわめてエソテリックなメッセージである。

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主要部分が「家紋」に置き換わったケース。家紋を囲む周辺部分の形状に注目。後にわれわれが共有することになる「Ω祖型」がここにも見出される。

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平面的なレリーフ状の鬼瓦であるがそのシンメトリカルな鬼の表情には「隈取り」を模したような「雲気」の渦が見出される。鬼の面自体が雲気を含んでいるパターン。こうした顔面を通して表現される対称図像は、古代中国の青銅器に見られる「饕餮(とうてつ)」などにまで遡ることができる。顔面図像の対称の起源については別途言及されるであろう。ここでは、「対立・拮抗」する左右(陰陽)の勢力が、波頭や雲気の渦として表され、それが一つの神的存在の「顔」を作り出すのだということを触れるに留める。

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瓦の主要部分が「打出の小槌」というフィニアル構造を採っている。雲気は極めて明瞭に鬼瓦の周辺を「飾って」いる。この雲気が「小槌」という世界至上権に迫る「クレスト」の役割を果たしている。

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通常の鬼の表情を描く鬼瓦と同様の構成になっているが、主要部分は単なる球体であり、その球体を屋根が守護するような形状になっている。だが、「雲気」はあくまでも左右対称にその球体に迫る。

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クレスト(ペアの対立図像)とフィニアル(至上権)の三体一身の鬼瓦。対称にペアを成す「雲気」はいわゆる「獅子」(狛犬)を思わせる形状にもなっているのも注目すべきである。

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ほとんど鬼瓦としての原形を留めないほどに自由にデフォルメされた鬼瓦。その対称性は希薄になっているものの、その頭頂部分に三位一体を表現する3つの円形の突起物が目立つ。

以上のように、日本の石灯籠に於ける「宝珠」(擬宝珠)と蕨手(渦、波頭)の組み合わせに見る対称性、「鬼瓦」自身に見られる「屋号・家号」などの「至上権的」象徴と雲気の組み合わせに見る対称性は、明らかであり、それは西洋の伝統工芸における「フィニアル」と「クレスト」の組み合わせに見る対称性と同じものを表しているのである。

建築/屋根関連blog

瓦(日本文化いろは辞典)

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