“伝統”数秘学批判
──「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [12]
“4”の時代〜「元型的水曜日」(中ノ上)

■ ユニオンジャック(大英帝国旗)の表すもの

これまでの記述の順序からすれば、国旗を取り上げるのは様々な図像群を一旦検討してからというのが通例であったが、この章においては今日の世界において最も良く知られた「数性4」の権化ともいうべき図像の代表格としての図像、すなわち「国旗」を取り上げるのが最も手っ取り早い筈である。

「ユニオンジャック」という名称で広く知られている大英帝国の国旗は、以上の説明にあるような二つの異なる性質を帯びた十字架が組み合わされたものである。より正確を期すれば、歴史的に現在のユニオンジャックは三つの十字架が組合わさったものである。すなわち、それは最終的にウェールズを除く三つの王国(イングランド、スコットランド、アイルランド)のそれぞれが保持していた王国旗を合体させた (unified) ものであるからだが、その基礎となるのが二種類の十字紋章であることは議論の余地がない。

Union Jack

もう少し詳しく説明をしてみると、あのユニオンジャックの本体とも言うべきイングランド王国の象徴とは「聖ジョージ・クロス: Saint George Cross」と呼ばれる赤いクリスチャンクロスであった。これは白地に赤い十字架があしらわれたものだ。それに対し、伝統的に「聖アンドリュー・クロス: Saint Andrew Cross」と呼ばれるソルタイヤのX字紋章を持っていたスコットランド王国がイングランドに併合されることで、この連合王国は二重十字の紋章を得た。覇権国家イングランドの支配に対して永年に渡る抵抗闘争を展開していたスコットランド王国が奇しくも保持していたこの「X字」型の十字架は、青地(水色)の背景に白抜きに表現されていた。このイングランドの勝利、そしてこの強制的「連合」によって出来上がったのが、最初の「ユニオンジャック」であったのである。そして現在のユニオンジャックの原型となったこの初期の二重十字の国旗は、1601年にジェームズ1世の命令によって紋章学者によってデザインされたものである。

後に、北部アイルランドがついに大英帝国の支配下に置かれた1801年に、アイルランド王国が保持していたもう一つのソルタイヤの十字紋章、すなわち白地に赤の「X字」型の十字架の要素が加えられたのである。イングランドを永年の敵として抵抗闘争を繰り広げた両国が「X字」型の十字紋章を持っていたのは極めて象徴的と言わねばならないのである。

Structure of Union Flag

図版引用先および「ユニオンジャック」の歴史:Union Jack @ Wikipedia

■ 国家と世界の未来の《兆し》としての紋章の「予知力」

「紋章」を意味する“heraldry”という語は、“herald”、すなわち「予兆、先触れ」の意味を持つ単語を語源とする。また「お触れ」や「布告」という意味もあり、ある種のニュースの「伝令」のことも指す。欧米において新聞名に「ヘラルド」という単語を冠したものが多いのは、そうした報道や伝達をもたらすものとしての意味を込めたものと考えることができる。どんな意図があったにせよ、言うまでもなく紋章が「ヘラルドリー」と呼ばれることには、未来の予兆を告げる意味が込められていることが諒解されているのである。

欧州でも紋章学がとりわけ独特の発達をした大英帝国の国旗「ユニオンジャック」が表すものは、第一義的には王国のユニオン(連合)であり、以上のように複数の王国の持っていた三種類の異なる十字架が組み合わさることで端的に表されている。だが、伝統的秘教の世界においては、冒頭に述べた様な、より重要な意味が象徴的に「具象化」されているのである。

Fleurs des lys & chain No. 1 Fleurs des lys & chain No. 2

上の図版は、いずれもフランスにみられる紋章であるが、アヤメ(黄菖蒲)の紋章である「フルール・デ・リ」と「二重十字」を描き出す鎖という二つの全く異なる意味を伝達する紋章の共存が見られる紋章例である。すなわち、シールドの中に「数性3」から「数性4」への数の移行が示されている。鎖の紋章は、あきらかに聖ジョージ・クロスと聖アンドリュー・クロスの二重十字すなわち「数性4」を暗示するものであり、その範型は大英帝国旗へと見事に引き継がれるのである。例えば、「フルール・デ・リ」は、フランスという国の象徴として「青」の基調を背景としており、黄菖蒲の「黄」は、聖三位一体を教義とするローマ・カトリックが強く連想される色となっている(ヴァチカンの国旗を参照)。そして、鎖の紋章は「赤」の基調を背景としている。これはユニオン・ジャックにおけるイングランドの王国としての「本体」を表す聖ジョージクロスの色「赤」と一致しているのである。

つねにある種の図像的範型は、それを代表するより明瞭な象徴的図像に先立って一旦示されるのである。いずれもフランス国内の王侯貴族のものであるが、すでに「数性4」の《兆し》が告げられている (herald) と考えることが出来るのである。

England & Lions Four tiles

ライオンなどの「四つ足獣」は、英国おいて一般的な紋章の要素である。「四つの足」はそのまま「数性4」の暗示を含むと考えられる。ただしこの獣の足の指はすべて「三叉」になっており、その指の合計は「3 x 4 = 12」という風に「聖数12」を意識したものになっている。これは「三人一組がペアになった使徒が世界の四隅に向かう」という例のタイルなどの方形図版における「フルール・デ・リ」の表出するものと共通なのである。またひとつの図像単位が「三度繰り返される」というのは、もはや言うまでもないが、「数性の三度反復」以外の何ものでもない。すなわち三つの「フルール・デ・リ」は“333”を、三頭のライオンは“444”を表しているのである。

こうした「数性」の移行は、仏NievreのNotre-Dame-de-l’Assomption教会のフレスコの壁画(天井画)に驚くべき正確さで示されている。極めて特異かつ珍しい教会壁画であると言わねばならないだろう。これは天使と思われる存在が、あたかも星界を思わせる天空を中央で分断しているが、その天使に向かって右側には、「フルール・デ・リ」が、左側には「四つの正方形」を含む花模様の象徴が描かれている。地上に展開される歴史的エポックを顕現する「数性の移行」が、あたかも星界の出来事の反映であるかのように驚くべき秀逸さをもって描かれている図像例である。

Nievre, France (Three to Four) Nievre Trimmed

■ 「旧教からの離脱」と「信仰の超克」を象徴する大英帝国国旗

その一つは、「四つの棒:二重十字」を体現する国旗を保持する帝国が、現世界における「元型的水曜日:第4日」の局面 (phase) を表していることであり、また信仰が現世的力に置き換わる二つの異なる力の拮抗と、伝統的「信仰: faith」が新たなる「力: force」によって敗れるという歴史的エポックを表しているのである。それはローマ・カトリック(旧教)の「旧弊」かつ権威的支配から独立し、教会の聖職権さえも世俗権である国王が独占するという意図と、世俗的教会たる英国国教会の建設と安定化に向かうこの国の方針に相応しい紋章であると言える。

英国におけるカトリックからの離反は、同時代に欧州各地ですでに起こり始めていたプロテスタントのリフォーメーション(宗教改革)運動に連動したというよりは(むしろ利用し)、帝国イギリスのローマ(ラテン)文化からの離脱、帝国としての独立、やがて来る「4の時代」の先触れ (herald) として必要なことだったのである。未だに英国国教会は象徴的伝統の面では依然としてローマ・カトリックと同等、ないしそれ以上のヘリテージ(遺産)を持っている。その一方で、教義的には(顕教的/表層的には)プロテスタントの信仰を保つことになっているのである。

以上のふたつの十字架の表徴する象徴的意味性は、スコットランドとアイルランド両王国がイングランド王国に「敗れ、支配下に入った」政治的・物理的事象とは対照的である。すなわち、この象徴は、王国の大連合を表す一方で、さしずめ「信仰の十字架」が「力と抵抗の十字架」によって磔付けにされている様子を「詩的」に表現していると読むことができるからである。そのように読んだとき、まさに「木製の十字架」が、「金属製の斜め線」、すなわち槍や刀によって串刺しにされる模様(実質的な「宗教(信仰: Faith)の敗北」)を表現しているのである。

言い換えれば、この象徴的図像は今まさに言及した「二つの性質」の原理の拮抗関係においてどちらが勝利を治める(た)のかが端的に表されていることになる。クリスチャン・クロスである聖ジョージ・クロスは、見た目にはその太い水平線と垂直線によって大英帝国の本体が他ならぬイングランドであることを暗示する一方、被支配者としてのスコットランド及びアイルランドの象徴が細い二本の斜線(聖アンドリュー・クロス)で表現され、それはイングランドの本体に鋭く突き刺さる金属様の刃物として、そしてそれにこびりついた血糊として表徴される。

言わば、教会の推奨する「伝統的・宗教的な知」の、「科学的知による超克」が表現されている。宗教/迷妄に対する「抵抗の力」が、信仰をやがて凌駕するという英国の歴史的役割が、紋章の<兆し: herald>を通して預言されているのである。それは後に「産業革命」を起こし、近代的科学技術文明の中心地となる英国において、もっとも相応しい紋章であると言わねばならない。

(ここまでが[2])

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.