流行ったものは廃れてしまう(栄枯盛衰のことわり)

ダ・ヴィンチの「異端」的傾向や、彼の更なる「天才」の秘密が明らかになったとしよう。あるいはレンヌ=ル=シャトーの秘密、そして「シオン修道会」の実在とその役割などがすべて暴かれたとしても良い。はたまた、イエスは磔刑で死んでおらず、マグダラのマリアと結ばれて子孫までもうけていた。メロヴィング王朝がその末裔だ。そんなことのすべてが史実として“証明”されたと仮定しても良い。

これらの「新たに証された真実」は、ある方面の人々にとっては衝撃的な話だろうが、われわれの人生にとってどれだけ関係のある話なのであろうか? 私はこれらの話の価値を否定しはしない(それどころか相当の興味を以て見守っていると言っても良い)。だがわれわれ日本人の生活にどれだけの関わりがあるのか、そういう視点でその重要性や影響の大きさを、納得のいくかたちで説明をした人がわれわれの周辺にはいるのだろうか? 私はその点で大いに物足りなさを感じるし、不満である。

例えばちょっと「旧聞」に属するが、グラハム・ハンコックが『神々の指紋』によって世間に引き起した波紋は大きかったが、一過性のブームとなって、その終わり頃には、正統派科学者の一通りの反論によって「擬似科学」のレッテルを貼られ、事実上葬られた。検討の余地があったかもしれないハンコックの幾つかの重要な(そしてなにより大胆な)超歴史的世界観を反映した諸説は、皆の記憶からも忘れ去られた(ように見える)。私が予測するのは、今回のキリスト教「異端」的なテーマを元にした「衝撃的」ドラマも、潮の満ち引きのように、『神々』と似たような軌跡を辿ると観ている。爆発的なブームと、まるで嘘のような人々による忘却である。流行ってしまえば廃れてしまう。逆に言えば、流行らないものは廃れもしない。流行ること自体が、数年後の忘却を約束するのだ。

この忘却は、今回揶揄の対象となったカトリック教会などにとってはまっこと好都合な話だろう。彼らにとって、今のこの迷惑千万な「嵐」を当面なんとかやり過ごせば良いのである。あるいは決定的な反論を行うべく準備を整える時間があるやも知れぬ。もちろん「嵐」の前と後が全く同じであるとは限らないかもしれない。何かが変わる可能性はある。この度の「レヴィレーション:啓示/黙示」によって、変わってしまうだけの影響を受けてしまう人間も僅かながら出るだろう。だが、おそらくほとんどの人々の記憶は「ダヴィンチ・コード? ああ、そういえばそんなのが流行ったこともあったね」という想い出の類になるであろうことはほとんど必定である。

ひとつには、イエスが独身だろうと既婚者であろうと、あるいはマグダラのマリアと懇(ねんご)ろであったか、などということや、「シオン修道会」や「テンプル騎士団」のことなど、自分たちの現実感や毎日の生活とはなんら関係がないからである。だから程度の高い、やや知的スリルを伴うミステリー小説の類となって終わることはほとんど疑いの余地もないのである。

贔屓目に見て、それが極上の娯楽的話題を提供することはおそらく疑いがない。だが「米国発・仏国(カトリック)への揶揄」という怨嗟と濃厚なまでに政治的意図を持った映画『ダ・ヴィンチ』が、いかにup-to-dateな“正しい歴史認識”を前提としていても、その意図が悪しければ、その作品が普遍的メッセージに昇華することなどはできない。それは聖なる題材(あるいは疑似・聖なる題材)を借りて行う、単なる俗権的な政治闘争という「象徴世界の別側面」でしかないことになる。それは言ってみれば、見えない「神々」の戦いなのだと言っても良いのかもしれない。だが、それはどこまでいっても、逆説を含んだ人類の苦悩をテーマとする文学にはなり得ないのである。そうした逆説と入れ子状の象徴構造の有無が、タルコフスキーやキェシロフスキ作品がそうであったような意味で、映画作品が他の如何なる娯楽作品からも一線を画させ得るか否かの境目なのである。

だが、私が断っておきたいのは次の点である。私が扱っている《象徴》と人類の歴史進捗の関係、ひるがえって《象徴》と未来の世界との関係、これらに関わる秘密は、《われわれやわれわれの子孫たちの生存と関わりのある話》だと言うことである。『ダ・ヴィンチコード』が裸足で逃げ出したくなるほどの重篤な意味を持った、しかも今のところ流行も廃りもせずに人類の数千年の歴史を生き抜いてきた《何か》についての学問なのである。

それは文明、したがってわれわれの生活や生命と関係があるという意味で、《普遍的題材》と呼ばれるに相応しい内容に深く関係しているのである。

そしてそのようなコンテクストで再読(再検討)することによってしか、この度話題を独占している《コード》の重要性が「われわれの問題」として再認識されることはないであろう。

以上。

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