反精神論の音楽論 あるいは、非・霊的音楽論

今更ながらのことで、敢えて私が言うようなことでもないだろう。だが、世の中には「音楽」と呼ばれるものが実に多くあっても、「およそ音楽と呼ばれるに相応しいもの」のなかに、そう易々と作られる(演奏される)ものはない。ただ、その「難しさ」にはいろいろな種類があって、ただ音を出すのだけでも難しいという「発音」レベルの難しさもあれば、指や腕を自在に動かすことの難しさもある。また、音色や音量を操る困難がある。これらのこととも切り離せない密接な関わりのあるのが、フレージングの難しさという「音を出せる」「指を動かせる」というレベルの次に待ち構えている困難である。さらには、他人の出す音とどのように合わせていくのか(あるいは「合せない」のか)、という「アンサンブル」上の困難というものもある(「アンサンブル」については一度書いたことがある)。いずれの場合も、どのような音を目指すのかと言う、一旦身体の外部に存在したことのある、いわば「既存にみとめられたことのある音型への接近」という、演奏者にとって避けて通れない課題が存在するからこそ、起こってくる困難であるということも出来るかもしれない。換言して、これはイメージ(形)への接近という取り組みである。この「イメージ」を便宜的に私は「外在したことのあるもの」と呼んでいるのである。踏み込んで言えば、こうした一連の「困難」は、取り組むに値するものであるし、追求するに必ず喜びを伴うものでもある。つまり、この困難と喜びこそが音楽においてまさに表裏一体のものなのである。

だが「困難」か「喜び」かという議論は、この際、問題の対象ではない。それを生み出そうとしている状況や結果によってどちらにでも転び得るものだし、「どちらが真か」というような問題ではないからである。しかし、以下のことは議論に値する内容であると信じる。それは、「困難」が、容易に音楽家による「精神論」に結びついてしまうという問題について、である。

■ 「かたちから入る音楽」への反省という歴史

人によっては意外なことであるかもしれないが、音楽に関してある程度の習熟を得ている者たちにとっては、「外在する音型を目指す」ということ自体が、すでに「疑問の対象」となって久しいということがある。これは目指すものが、「外在した音のイメージ」ではなくて、あくまでも「内在的なイメージ」であるという、ある程度のまとまった数の人々が口にし始めている別の「正論」のせいでもあるのだ。つまり、外在したイメージの追求は、「かたちから音楽に入るのはどうか」といういかにも説得力のある言い方で忌避されがちなことでもあるわけだ。こうした「かたちから入る音楽」を批判的に捉えている音楽家というのは、当然あるべきイメージがわれわれに内在したものであるべきだ、と言うある種の精神主義によって支えられている。

一度外在したもの同士に存在するひとつひとつの違い(個性)はこの際、問題にならない。それは、音をイメージ通りに具現化した後で問題となる末端的な違いに他ならないからである。他のすべてが型通りに外在化できたからこそ初めて問題になるレベルの話である。

ここでひとつ忘れてはならないのは、およそ「精神主義」や音楽に関するある種の「知恵」というのは、どのようなレベルの修行者にも等しく理解されて良いものではないということだ。ひとつの教えを、あらゆるひとのあらゆるレベルに当てはめてしまうということは、実はミソとクソを区別しない勘違いと大差がない。ただし断っておくがここで言う「知恵」というのは、特定少数の人にのみ公開されている秘儀とは関係がない。

■ 模倣の非神秘 vs. 霊的神秘主義

反論を覚悟で繰り返せば、あらゆる音楽は「物まね」から始まる。つまり外在するイメージの模倣である。あるいは、「かつて外在した音のイメージ」の模倣と言っても良い。しかるに、音楽は心象風景を表現することだとか、精神的活動だとか、あくまでも人間(演奏者)の内的存在の具現化だとか、はたまた自分の属するある種の霊的存在への奉仕であるとかいう、まったくもって反論のし難しい「立派な精神論」は存在しているし、そうした事々が常に多くの演奏家たちを奮い立たせてきた一方で、大いに惑わしてきた言説のひとつようにも思えるわけである。

特に本論で問題にしたいのは、たとえば、精神論の中には音楽以前に演奏家がどんな郷土を持っているのかであるとか、どんな民族的バックグランウドを持っているのかなどという、まかり間違えば、特定の人間にはそれに取り組むこともできない(取り組む資格がない)とさえ取られかねない内容を含むことを、差別と思わずに(あるいは自己の優越意識を自覚せずに)平然と言い切れる人がいる。もちろん、音楽に取り組むにあたっての、ある特定の精神論を過小に評価しようとか、無意味だとか言うつもりもない。それについては後述する。

だが、霊的精神主義は、限られた数の儀礼通過者が、自己の存在価値を自己の作り出す音楽そのものから得ようとして得られない場合の「頼みの綱」とする、いわば選民意識(エリート意識)の様なものとして働く。おそらくたいていの場合、そのような意識を芽生えさせる本人は、そのことに無自覚なのである。

実際問題、自分の関わる音楽創作が特定の人間にだけ許された特権的な「作業」であるという考え方(思想)は、常にある程度の技術を持った人にとって抗し難い魅力であったということは理解できなくもない。それは、先達から弟子への、音楽的な、さらには音楽から観れば副次的な、ある種のイニシエーション(洗礼的な通過儀礼)を経て、今なお伝えられている可能性がある。こうした通過儀礼的体験が、音楽性そのものを深めるという可能性も完全には否定できないが、むしろそれは本人の関わっているある種の音楽へのコミットメント(献身的取り組み)を強化するための、きわめて効果的な方法のひとつと考える方が妥当なのだ。


だが、こうした「イニシエーション」によって自己の音楽的帰属意識を得るということは、実は純粋に音楽的な体験を経て、と言うよりは、むしろ人間の組織としてのある種の結社集団(百歩譲ってある霊的存在)に対してひれ伏す(降参する)選択ではあり得ても、音楽によって追求しうる別の本質的交歓を捨て去る(もしくは過小評価する)選択でもある。それを支える思想は、いかにも「精神性」を装っているが、その実、その真相は「身体的」「心理的」な反応であるという方がむしろ正確である。もっと厳しく言えば、そうした精神性・霊性への音楽家の心理的傾斜は、その人物の弱さのあらわれでもある可能性さえある。「自分はひとりではない。自分には帰って行くべき<故郷>や<家族>がある」という感覚。ある種の音楽と、こうした土地や血(家)への帰属意識というのは、実は非常に深いつながりがある。それは認めるにやぶさかでない。だが、それはおよそ宗教と言われる人間の運営する組織としての宗教結社が、ほぼすべてなんらかのかたちで民族主義やナショナリズムと結びついて発展してきたことに似た関係があるのだ。

■ 関連文書

音楽と宗教の双方をおとしめる擬似宗教的パフォーマンス

音楽は宗教に先立つ

だが、そうした帰属対象(土地、先祖、血、民族、国家)との関係への自覚や覚醒の促進は、音楽の担ってきた<役割>の一つではあるかもしれないが、音楽の<本質>そのものではない。音楽がわれわれに体験させるものは、そうした選民意識や同郷意識を高揚させたり郷愁を刺激したり仲間意識を高揚させる、と言うことだけではない。無視できないほどに「効果的」ではあっても、それはむしろ音楽のきわめて表層的な「利用」方法のひとつにすぎないのだ。だが、決定的にそれは手段としての音楽であり、目的としての音楽ではないのである。本来、音楽こそが目的視されるにふさわしい力を持っているのである。すでに精神性の探求に傾斜してしまった音楽家は、おそらく音楽そのものよりも心理的帰属(一人でないという感覚・自分は「全体」の中で無価値ではないという感覚)の方にむしろ誘惑を覚えているのである。

■ 反論を容易に拒む<音楽レイシズム>

音楽と「郷土(ふるさと)」ということで言えば、日本で育った在日朝鮮人(いや、あらゆる在郷外国人)は、どのような「音楽的故郷」を持っていると自覚すべきなのだろうか? あるいは、合州国で生まれ育った日系人は? 彼らは一体どのような音楽的「祖国」を持つべきなのだろうか?

言うまでもないことだが、今や、オペラや交響楽のごとき「古典音楽」はウィーン人によってだけ保存されている伝統音楽芸能ではない。ウィーンで育った在郷インド人の指揮者がウィーンで修行し、イギリスの下町で育ったイタリア系指揮者がウィーン人によって招待され、日本で生まれ育ちアメリカで修行した指揮者がウィーンフィルの音楽監督になる。一体ウィーンのサウンドというのは依然として「ウィーン人によるウィーン人のための音楽」なのであろうか? 断じてそうではあるまい。また「黒人以外の演るジャズはジャズじゃない」などという言説は今でも意味をなすのであろうか。翻って、津軽出身でなければ津軽三味線の心は理解できないなどという考え方も陳腐きわまりないものではないのか。そもそも三味線は最初から津軽人だけのものだったのか? 特定の音楽が、特定の人間によってしか出来ないなどという<音楽レイシズム><音楽排外主義>は、およそ真の音楽家を目指そうというような人間が、そう易々と与していい思想であるはずがないのである。

こうした音楽レイシズムは、「かくあるべし」として外在する音を目指す音楽修行の意味を、別の問題と履き違えているのである。目指されるべき音は外在しても、それを音楽として捉えることが出来た時点で、その音楽はあらゆる人のものなのである。そもそも音楽を理解できるとか理解できないとか、誰が決めるのであろう? あるいは把握し感動できたと自覚する他人の心をどうやって他人が見極められるのであろうか? 音楽レイシズムは、一見、健全で無害な文化ナショナリズムのひとつであるしか見えないかもしれぬが、これは自己の「自由状態から逃走して、ある種の隷属へと進んで走ろう」とする心理と根を同じくするのである。

国粋主義ならぬ「郷粋主義」に対する批判の手法として、旧弊だとか、今日的でない、という説明がいまひとつ不十分で説得力にも欠けると言うのであれば、こういう言い方は、どうだろう。「国境にしがみつく音楽」や「特定の民族の心にしか結びつかない音楽」や「今を生きる人に奉仕せず祖先の霊を慰めるための音楽」、それら「崇高なる目的」を持った音楽(言わば全体主義的音楽)と、「国境も民族も超えて人の心をとらえ人と人とを結びつける音楽」「いかなる人生的背景とも関係なくひとの心を打つ音楽」「今の苦悩を生きる市井人を慰める音楽」、以上の2つのグループのうち、一体どちらのグループがわれわれにとって目指すに値する音楽であるのか、ということである。

音楽の本質とは、いわゆる「伝統音楽」の中にのみ存在している訳ではないのである。

■ 無国籍であることの意味

どうやって音楽が国境をこえられるか、という風に考える事自体が、すでに「政治的」ではあるかもしれない。これはある程度認めよう。だが、少なくとも、「国境も民族も超えて人の心をとらえ人と人とを結びつける音楽」を追求する姿勢は、「音楽はある出自を持ったものでなければならない」とか「音楽はその出自が明らかでなければならない」などとピュリスト的に考えるよりは、はるかに音楽優先的な考え方であるし、今を生きる人間の「精神の自由」に適ったものではないか?

別のエッセイでも言及済みだが、(聞き手にとっての)「音楽の本質」(捉える側から言って、それは最初から最後まで内的体験である)ではなくて、奏者にとっての「音楽の本質」(創作上の秘密)というのが如何に本人たちにとって実存的な問題であり、ある種のリアリティを含むものであっても、しかしながら精神論だけでは片付けられないのである。やる側の精神的な「何か」は常に大事であろう。しかし、音はあくまでも「音の模倣」を発端とする即物的事態(物理的現象)なのである。肉体的とも身体的とも言えるある種メカニカルな運動の結果として、音は、外部に具現化される。精神論は、こう言って良ければ二の次三の次の問題なのである。むしろ、快く感じられる(それはある種の不快を「快」と感じられる人の心も鑑みての話であるが)ような即物的事態をひき起こすための、あらゆる種類の模倣が「音楽の修行」なのだと言っても過言ではないのである。

音楽を始めようと思った動機が、聴いたこともない音の具現化であると最初から考えた人が一体どこにいるだろう(具現化していると思い込んでいる人はいるだろうが)。どんなひとでも、自分が触れたことのある具体的音楽(それは、「宗主国」に来歴を持つ音楽かもしれないし、「植民地支配」の民族に来歴を持つ音楽かもしれない。あるいは発展系の軽音楽であるかもしれないし、はたまた自国の歌謡曲かもしれない)を端緒としているはずであり、それを自分でやってみたいというのがそもそもの動機であろう。精神論を云々しなくても、そのときたしかに、模倣してみたいと思うような音楽に感動したのは、われわれの精神活動(こころ)である。だが、それを具現化する次の段階は、音楽を観察する耳と、身体活動である。

たしかに音楽を始める直接の原因が、個人的動機にないということも、場合によってはあろう。伝統的な音楽を「家」が保持していて、それを「相続」しなければならないような立場の人が音楽の稽古を始める、というような場合である。幸か不幸か、それはもはや例外的なケースである。現在、古典芸能にコミットしている人でさえ、古典との出会いは「後からやってきた」ものなのだ(が、一体それの何が問題だというのだ?)。しかし、それはここではまったく問題にならない。それは本旨への反論の材料になるどころか、むしろ「模倣」こそが音楽の始まりであるという伝統音楽世界のリアリティによって補強されるものである。

■ 芸術活動の霊性

もし霊性というものがあるとしたら、自分の帰属している(かも知れない)「霊的集合体」への帰属意識を高めることよりも、異なる霊的存在と出会ったり、触れ合ったりするということにこそ、喜びがあるべきだ。特定の存在に帰依することに、音楽家としてどれだけの意味があるのか? それは、音楽の価値とは別のところにある、ある種の「思想」である。こうした「思想」は、しばしば恐怖などの体験を通じて、言い換えれば「心理的脅し」によって可能である。そこには音楽の感動によってではなく、恐怖による音楽家の支配と被支配という構造がある。

音楽を通じての支配・被支配とは一体なんだろう。それは霊的な闘争に参与することである。そして、それにコミットすることは、むしろ「政治的行為」と呼ばれるにふさわしい行為だ。楽器を採ることは果たして政治( ≒ 霊的闘争)に参加することなのだろうか? そうではあるまい。むしろ、政治からの自由、あらゆる力や、権力、暴力からの自由、意識の拡大を垣間見させるものではなかったのか?

■ 凡庸だがまじめな結論

音楽創作上の「精神論」の中で、具体的に今日からでも役に立つ側面があるとすれば、それは、例えば、くたびれていても必ず毎日練習をしようという決心や、それを実現し持続する意思。あるいは、本番中にアガッてしまうことのないように心を落ち着かせること、普段準備していること以上の成果を本番で引き起こそうなどと考えてしまうような不相応な自意識(色気)を克服すること。などなど、いくらでも音楽の取り組みに関係する「精神的」鍛錬というものは、存在するのだ。そして、それは何か崇高で偉大な精神である必要は全然なく、音楽修練のための毎日の中にある。

そして、根無し草たちにも、音楽はある。放浪するジプシーにこそ、そして故郷を追われた追放者(exiles)、難民たちにこそ、音楽はふさわしい。「音楽が国境を越える言語である」というのは、いかにも陳腐に響くコピーのようではあるが、音楽というものの本質をよく捉えた言葉である。

私は自分や仲間を日本人というひとつの「くくり」でうまく説明出来たとしても、そのような狭隘な見方では決して満足したりはしない。だが、それでも敢えて「日本人」という「くくり」でモノを言わねばならないのならば、こうだ。いわゆる伝統芸能としての音楽(邦楽/雅楽/etc)を伝える家元に生まれ育ち、それを相続する必要(義務)から音楽を引き継ぐことになったごくごく僅かな人間以外は、当の日本人自体が日本の音楽とは、外国人がそれを「発見」するような形でしか、出会っていない。つまり、われわれ日本人ですら、日本の伝統を「再発見」する形でしか、出会っていないのだ。それを、不幸と断定する人々がいるが、むしろそれは逆である。それは、きわめて幸運なことである。実存とは「外に立つ」existent (=ex-stand)ことである。最初から自分の物理的に帰属するところ(内部)に当然のように寝起きしていることでは絶対にありえない境地が「実存」existentialなのである。

日本人は、ほかのたいていの外来文化に対してもそうであったように、日本の伝統文化に対しても、外から見ることが可能であるということだ。そして、他のあらゆるものから選択出来るように、日本の伝統を掴み取りたい人間はそれを掴み取ることが出来る。アイルランドやインドの音楽を、あるいはハバナやプエルトリコの音楽を、あるいは、西洋の「伝統音楽」を、あるいはペルシャやアルメニアの音楽を、あるいは黒人のラップやソウルを、自分にとってきわめてパーソナル、且つ、掛けがいのないものとしてあらためて選びとることが出来る。これは、まさにあらゆる文化や習慣から自由な対文化・実存的態度と言うべきであり、これは、むしろ日本という島国において奈良・平安時代の古来より採ってきた文化活動にたいしての距離であり、態度なのである。そうしたありかたこそが、まさにわれわれの誇るべき日本人のユニークさではないのか?(あえて「日本人」という「くくり」でモノを言わねばならないのならば…)

02.11.2005の「morishige + nakami zo duo live: tempo primo」を終えて頂いた希有かつ貴重なるコメントへの返礼として

■ 関連文

反神秘主義の音楽論

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.