神のようなもの

は、いるかもしれない。

いや、いるだろう。

いるにちがいない。

そして


それをわれわれがうけついでいることも

ほぼたしかだ。

いや、そのことによってのみ

われわれは神の実在をしんじるだろう。

だが、神はわれわれの役にたたないだろう。

かみはわれわれのためにあるのでなく、

われわれが神の役に立つしかないのだから。

神がわれわれのためにあるのでなく

われわれが神の実在のためにあるのであるから

したがってわれわれはいまに

われわれを助けない神のために生き

そして死ぬだろう

そしてわれわれは神のもとに赴くだろう

そのときわれわれは

われわれの生と死を初めて肯定するだろう

よろこんで。

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.