Archive for August, 2006

世界天文学協会(WAA)、IAUの“惑星定義”拒否

Friday, August 25th, 2006

(引用開始)

世界天文学協会(WAA)、国際天文学連合(IAU)の“定義”を正式に拒否。

【イスタンブール24日UPA】

世界天文学協会(WAA)は、24日18時(日本時間25日早朝)、現在イスタンブールで開催されている年次総会において、IAUの下した「惑星の定義」を笑止千万なものとして正式に拒否するとの声明を発表した。世界から注目を集めているチェコのプラハで同時に開かれている国際天文学連合(IAU)の総会において、24日午後(日本時間同日夜)から惑星の新しい定義案について審議、採決したのを受けての反論であり、IAUの国際的権威を疑問視する勢力の存在がこれにより浮き彫りにされた。

WAAはイスラム文明全盛の時代に中世ヨーロッパの諸大学に先駆けて天文学の先端を走ってきたといわれる千年以上の歴史をもつ天文学者の協会である。冥王星の存在の予想・発見、そしてその命名などに深く関わる天文学者を輩出してきたことでも知られ、いわゆる後進の欧州中心の世界観に対する異議申し立てと捉えられるという意見がある。二つの天文学の権威の対立は今後も長引くことが予想され、紛糾する天文学界の動向から当面眼を離せそうもない。

(引用終了)

◇◇◇◇

おお、やはりそうか、という感じ。

だって、国際天文学連合(IAU)なんて知らないよ。

IAUって誰? 何者? いつ選ばれたの彼らは? 選挙で? それとも自分たちで名乗ったの? それならボクらも「学会」や「協会」を立ち上げて、惑星の別の定義を勝手に議論して投票で決めて宣言することもできるな、と思ってた。個人的な「好み」の話だが、ボクは「惑星」の数は、断じて12個でなければならないと思う。「太陽の周りを12の惑星が回る」という超古代の惑星の定義が1万2千年ぶりにようやく回復される!と思ったのだが、IAUはどうしてもそれは阻止したいらしい。十二惑星説を採用すると、その天体の1個はバラバラに解体されていて(小惑星群)、それも象徴的には完璧であったのだ。

ボクたちにとって「どこの馬の骨」とも知れぬ「IAU」の権威をボクらが認める、というのが、IAUの認定した定義を認めるのに先立つ「前提」だが、そもそもIAUの権威や存在そのものを認めないという立場だってある。IAUの決めたことが全人類の無条件に受け入れなければならないことなのだろうか? これは単に「約束事」の問題に過ぎまい。 それも一「連合」の約束事だ。人々の心象などどうでもいいことなのだろう。

もちろん考えてみれば、これは冥王星の「存在の有無」についての論議ではないのだから、依然として冥王星が太陽系の天体の一員であることにも変わりはない。「冥王星が惑星であるかどうかの定義」を巡る議論なんだから、実はどうでもよい、というのは分かる。人間が他者を名付けるという如何にも「人間の行為」に関わるもので、冥王星の存在のあるがままの本質は、人間の下す言葉の定義がどうなろうと微動だにしないのである。 惑星だろうが何だろうが、冥王星は確固として存在しているわけなんだから、心配は要らない。

だが、それでもである。ボクは12個の小天体が太陽の周りを回るという惑星の定義に拘泥したい。

【警告!!!】

ちなみに上の「引用記事」はenteeの単なるイタズラ模倣記事である。

“伝統”数秘学批判
――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [15]
“5”の時代〜「元型的木曜日」#1

Wednesday, August 16th, 2006

■ 「数性5」に先立つ前提的序説

「数性5」が、秘教的数性の中でも、元来われわれにとってきわめて「身近な」ものである以上、他の諸数性に比べてやや特異であると言ったとしても、そう公平に欠く言い方ではあるまい。その特異性というのは、われわれがその正に渦中にいるためにほとんど意識されないものとして「在る」ことに尽きるのであるから。

真相は、われわれのまさに頭上すぐ近くに常時掲げられているために、気付かれないでいることにある。それはあたかも水棲魚が水を意識せずに生存しているのにも似ている。もっとも、いかなる秘教的数性というものも例外ではない。どの時代にもその時代を表す数があるとして、それをそれとして多くの人々が意識しただろうかと考えれば、それは大いに疑問の余地があるからだ*。だがいずれにしても、この時代区分を象徴する秘教的伝統を前提としたとき、われわれの生きている「この時代」(もっと批判的には「われわれの生存する始まりがあって終わりのあるこの文明圏内のこの時代」)というのも、例外なくこうした数字による範疇のどこかに属さざる得ず、一定の「宿命」を背負わされている。われわれも例外なくある時代区分に属している。

そしてその時代は「数性5」のあらゆる特徴と「その後の兆候」をすでに備えているのだが、それが如何に未曾有の問題を孕んでいるのかに関わらず、それを驚くべきこととさえ思わずに、その時代の「水」の中で、あって当然のこととして呼吸し、その象徴を栄養として日常的に消費している。われわれにとって、われわれ自身である「5」が、特別な意味を持つという主張は、理解を得難いとしても、その最も卑近でありながら無自覚であるという点にこそ理由が求められる。

* ユニオンジャックの意匠を行った紋章学者たちのレベルなら意識されたであろうことはほとんど疑問の余地がない。

この章において論じられる「数性5」が、図像表現として視覚化されるとき、その視覚化が行なわれたのが比較的近年であるために、それらの作者や創作意図の背景というものが、以前の諸数性に比較すると特定できる場合が多い。「新しさ」こそ、「数性5」の最大の特徴のひとつである。例えば、「数性4」といった「比較的新しい」数的象徴と同様に、特定の人物の役割や運動などを成立せしめた由来に、われわれが現在確認できるような結果をもたらした因子としての責任を求めることがある程度まで可能であることも、特異性のもう一方である。

むろん、こうした具体的人物による「発案/創作」の事実については、扱いを慎重に行なわなければならない。それは、ひとつには特定の人物による意匠決定や創作の着想に直接の原因を求めることができたとしても、その人物だけに象徴決定についてのすべての責を押し付けることはできず、その人物自体が、ある伝統的な秘教の地下水脈的な潮流の相続者の一人に他ならないだけかもしれないこと、あるいは独力で「爆発的な包括理解」を得たかもしれないことなどがある。すなわち、人間の無意識の天才性をわれわれは無視できないということは特記しておく価値がある。

そして最後に注意すべきこととして、一定の人物や運動に創作結果の責を帰することが、安易な陰謀説に与することでもあり得るためである。

われわれは、如何に隠然たる政治的策謀や陰謀的な運動を特定の人物や権力の具体的行動として確認できたとしても、それを以て、すべての「周回する数的祖型」が特定の結社による陰謀だけで説明できるとする単純な陰謀史観を受容することはできない。また、こうした一部の人物だけが世界の歴史を動かしてきたと言い切れるほど単純なものでもない。「周回する数的祖型」の歴史は、われわれが観察できる範囲で、いかなる秘密結社の歴史よりも古く、また西洋の象徴主義・秘教的潮流の影響領域よりも広く、またその意味するところは深い。われわれは、これらがあらゆる時代と場所において観察できるものとして捉える視点と習慣をすでに獲得しているのであり、断じて特定の(たとえば西洋発の)陰謀史観にだけ支持を与えるものとして意図したものではないのである。

それよりも、一見して陰謀的な数的祖型の「顕われ」というのは、むしろ時代が下るに連れ、その意味合いが明瞭かつ具体的になってくるというひとつの傾向によるものと考えるのがむしろ妥当であろう。つまり過去に存在した数的祖型群が時代遷移を象徴するものとして《解読》され、その解読内容に沿うことで次なる歴史の方向性が明確になり(予測可能となり)、同時に、それにふさわしい象徴物の特定が可能になっていくということであって、要するに、象徴読解者自身の未来の歴史への介入というファクターの発生が無視できなくなるからである。言い換えれば、象徴と歴史の発展の間に、手に手を携えるという(共犯関係的で)双方向的な影響の面を勘案しなければならないのである。

小論は、陰謀組織の存在やその歴史への介入の可能性を頭ごなしに否定するものではないが、そうした言説が、まことしやかに一定の象徴に注目する人の言葉として熱烈かつ警鐘的トーンで繰り返し出てくるという現象も、その点で理解できない話ではない。だがこうした教団や結社が、たとえば2000年前の時点で、出現していたという史実はない。薔薇十字団やフリーメイソンなどの秘教的結社のいくつかの「宣言」が、こうした秘教的潮流の存在を明確に肯定し、場合によっては、自分たちが古代エジプトの時代から途切れずに続く《普遍的題材》と《伝統》の直接の相続人であるという主張が出てくるのも、心理的に理解可能なことであるし、象徴的には正しい。

だが、文字通り「一度も途切れず」にそのような知識が世代から世代へとバトンを渡すように伝えられてきたと考えるならば、それは幻想小説の類の夢想である。それらは何度も遺棄されたし失われもした。そして再発見もされたし再構築もされた。そしてそれぞれの時代の研究者や幻視者によって、それぞれのパラダイムにおいて再解釈され、そして加筆や注解などを加えながら、より豊かに脚色されながら伝えられてきたものに外ならない。こうした加筆や注釈というものも、シニフィアン(象徴そのもの)としての《物証》は変わらず存在するにしても、時代を経るにしたがって明瞭になるシニフィエ(象徴の伝える内容)という「象徴物の指し示す意味」が、時代的に変遷する(明確化する)ことの説明の一部を成す。

いずれにしても、歴史的にこうした象徴物の誕生よりも日の浅い秘教的結社が、すでにそこに発端として既存していた秘教的な伝統的知識の地下水脈的潮流の「相続者」のひとりである考えることはできても、すでに選ばれていた起源が測れぬほど古く、深遠にして秘教的な象徴体系の最初の記録まで時代をさかのぼって、それら象徴物の出現に影響を与えることはできないのである。こうした結社に属する彼らのうちの“達人: adept”と呼ばれるに相応しい秘教的象徴の通暁者のごく一部の者らによって、幾つかの象徴物の意味内容への「暗示の始動」ということが起こされたであろうことを否定するものでもない。これは、時代それ自体の発展という文明発生以来の必然としての「人類の不可逆的運動」が、成長的/発展的であるために終末(終わり)が避けられないという普遍的事実についての《気付き》が基盤として存在し、その基盤が、象徴の“予言”することを時代が実現・成就し、成就によって象徴の効力が補強されるという相互補完性を、説明する。

この章では、これまで観てきたのと同様に、数性そのものの持つ意味の複層性を駆け足で概観し、その上で、時代区分としての「数性5」というものが、「2,3,4」とこれまで続いて来た秘教的/数秘学的伝統をほぼ完全な形で補完する事実を確認することを目指す。

さらに、われわれの周囲に放置される建築物や美術品、そして国旗といった図像を通して、ほとんど露骨なまでの表現を以て我らが眼前に表出していること、そしてこうした顕現の露骨さ故に、それをそのようなものとして捉える《視力》を、われわれがほとんど失い掛けている事実を論じていくつもりである。