Archive for February, 2006

“伝統”数秘学批判
――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [7]
“2”の時代〜「元型的月曜日」(後半)

Wednesday, February 22nd, 2006

■ 「数性2」とキリスト教会の関連

十字架を初めとして、「数性2」と教会の間にある深い関わりは、様々な伝統的な視覚創作表現の中に示唆されてきた。とりわけ建築や美術を通してその「数性」は繰り返し表現されてきた。「数性2」は、キリスト教が「数性2」の呪縛に囚われているとしか思えないほどに強調され、表現されるべき対象(シニフィエ)が、紛れもなく数字であることを強迫観念的に追求してきたことはほとんど明らかである。

文字通り「十字架の構造」を多くの教会が平面プランとして採用しているというようなケースの存在も、あまりに基本的なことであるので敢えて断るまでもないことかもしれない。

■ 象徴図像の進化について

例えば、ひと言に「十字架」と言っても、様々な種類があることをわれわれはここで一旦認めなければならない。そして十字架のうちのいくつかは、到底「数性2」を表しているとは言い難いようなものがある。具体的にはそれらは「数性3」や「数性4」などを表していることがある。だが、それらは十字架の原型的特質としての「数性2」を出発点として発展・進化したものであり、どのような象徴に分化してしまっていたとしても、「数性2」を基礎としていると言うべきである。十字架の象徴も実際の図像においては、例えばその装飾上の強調点や、水平に伸びる横棒の位置(高さ)や長さを変えることによって、伝えようとするメッセージの意味合いや「数性」が微妙に変化することも諒解していなければならない。

[1] Chartre Cathedral Plan [2] St. Paul Cathedra (London)

[3] San Pietro (Rome)

図版引用先:

[1] Chartres Cathedral

[2] St. Paul’s Cathedral: PATH OF MESSIAH

[3] Plan of San Pietro in Vaticano

十字架をモチーフとする典型的例として教会カテドラル(聖堂)の平面プランなどがあるが、こうした例には、数ある十字架のヴァリアント(変異種)の中でも、縦横二本の棒の交差点を中心点として左右に突き出た「横板」に相当する部分と、中心から上に向かって突き出た「縦板」に相当する部分の長さが等しい場合、その「突出箇所」自体で「数性3」を表現するケースがありうる。また、平面プランにおいて、「十字架」の頂点部分にチャペルのような小さな窪み(ニッチ)状の小部屋が設けてある場合、「数性2」を表す十字架上に「数性3」が内包されているかに見える場合がある。これらは後にも詳述するが、十字架の表出する「数性2」が「三つ葉のクローバ」の表出するケースのように「数性3」に発展・進化したと言うべき例なのである。このような教会の平面図に頻繁に観られるものに、数性に関連した「十字架の変異」とも呼ぶべき例が多くある*。

* 後に詳述するが、この“十字架”の変異(mutation) というのは「数性4」にまで及ぶ。

■ キリストの手(「数性2」から「数性3」への橋渡しとしての)

聖母子像などのイコン(Icon) は極めて象徴性の高い<普遍的題材>を扱った視覚表現作品とも言えるが、それらに描かれる幼子イエスや成人したイエス像の中には、十字架以外の手法によって表現された、重要性の無視できないいくつかの数的暗示がある。

[1] Orthodox Church Icon with 2 fingers [2] Holy Mother and Son (Vatopedi)

[3] Salvator Mundi by Titan [4] Giovanni

ひとつは前章でも見た聖母像の額や肩に見出される八芒星(乃至「二重十字」)であるが、もうひとつがキリストの手(指)である。中でも大きく分けて、キリストの手が示すものには大きく分けて二種類の数性がある。その内の一つはこの章で取り上げるべき価値のある「立てられた二本の指」であり、もう一つは後に取り上げるべき「数性3」を表す「立てられた三本の指」なのである。

「キリストの手」の表現に二通りの表象上の範型が認められるのは、正にそれが描かれた時代や描こうとしているものの目的や意図に関わりがある。イエスの磔刑を通じて表現された数的祖型が「数性2」であることはすでにわれわれにとって疑問の余地のないものであるが、後にカトリック(旧教)の教義の中に紛れ込んでくる「三位一体」の教説の登場によって、ほかならぬイエスに「数性3」を背負わせるケースが頻出してくるのである。従って(ここでは深入りしないものの)三位一体説によって世界に紹介される「数性3」を他ならぬカトリックが採用したために生じた「“3”によって呪縛される」一つの時代のエポックの<徴>であると考えるべきである。だが、それは後に述べる「“3”の時代」の章において詳述されるであろう。

[1] Various Orthodox Prayers

Greek Orthodox Archdiocese of Australia

[2] Mother of God of Vatopedi

アトス山上の正教ヴァトペディ修道院に伝わるイコンを元にしたというレプリカ

[3] Iconography: Wikipedia

Salvator Mundi (Saviour of the World) by Tiziano Vecelli or Vecellio (c. 1488-90 ? August 27, 1576) aka Titan

[4] Christ’s Blessing by Bellini, Giovanni (1430?-1516)

手の平に聖痕のあるルネッサンス絵画。

いずれにしても、われわれの目には、「イエスの指」が一見して数字であることが分からないほど巧みなまでに、控えめな表現がなされるケースが多いために、余程の典型的事例に運良く出逢った際に、しかも必要な洞察が訪れないことには見落としてしまうことさえ多い筈である。だが、聖母子像における処女マリアが「数性8」を表し、幼子イエスが「数性2」を表すとなれば、そこに読み取ることのできるメッセージは明らかである。「8(= 1)が2を生み出した」ことである。この数性の理解によって「何が何を生み出したのか」ということがここで読み解かれることになる。

Jesus with two fingers

出典不明。上掲の図版を初めとして、「数性2」から「数性3」の移行期ではないかと思わせる「イエスの指」がある。

画像引用先:The Face of Love(「イエスの手」にフォーカスした幾つかの図版を見ることのできるサイト)

■ 「人の子の祖型」「聖母子の祖型」の指し示すもの

イエス・キリストは「人の子: the Son of Man」と呼ばれる。気を付けなければならないのは、彼が聖書の中では滅多に「神の子: the Son of God」とは呼ばれていないことである(そのほとんどが「神の子というべき哉!」という聖書中登場人物による証言や意見であって、福音書家自体の結論としてではない)。日常的・顕教的な場面に於いては、キリスト教会もそのようにフレーズを恣意的に置き換えたりしている。要するに、イエスは解釈によって勝手に「神の子」であることになっている(一面ではそれは正しい)という捉え方が一義的には正しく、聖書にしてからが、彼を「神の子」と滅多に呼ばないことにわれわれは改めて注意を促すべきである。

控え目に言ってもイエスが「人の子」であるという記述があることにわれわれは十分な注意を払うべきである。「神の子」という記述のほぼ2倍の頻度で出てくる*「人の子」という表現の表す内容は何かと言えば、そこには何らの隠し立ても晦渋もない聖書の意図が見えてくる。「人の子」であるからには、それはやはり「人」であるか、「人によって産み出された何か」である。間違っても彼は神自身ではない。

「人の子」と呼ぶ以上、彼には父親の存在が想定されなければらないが、“the Son of Man”で示される“Man”とは「男性」のことであるのと同時に「ひと」すなわち「人類」のことである。一方で、母親(マリア)が肉体的な交わりによって懐胎していないことも、聖書の記述では前提として強調されている。ということは、“the Son of Man”で表されていることは、「マリア」というコードで表される或る「母親」によって地上的な生を与えられたものであって、しかも「ひと: Man」と直接関わる。

ここで、もっとも単純に考えることによって、それが「われわれ人類自身」であり、しかも「光を与えられた人類:文明: enlightened man」のことであることが諒解されよう。人類は、言うまでもなく、地母神たるマリア、すなわち“Mother Earth”による「一人子」であり、天なる神によっても祝福されたものと考えられるものである。それは第一の<真実>である。“Mother Earth”が人類を含めたあらゆる生命を処女懐胎しているというのは、地球という「閉じた系」の中でゼロから生命を育むことができた<処女>なのであり、それはほとんど否定のしようのない生物発生/進化上の事実でもあるからである。

*「神の子」は、新約聖書中、43箇所 (43 verses)に出てくるのに対し、「人の子」は、84箇所 (84 verses)である。旧約を含めると「神の子」44箇所に対し、「人の子」94箇所であり、登場頻度は倍以上となる。

しかし、その「文明」は、人類にとっての「福音」であり、祝福された生命であると同時に、「始まりもあり終わりもあるもの」(ΑでありΩである)として登場する。そしてキリスト自体がそのように自己を明確に定義した。いかなる生命も、誕生した以上いずれ死ななければならない。だがその限りある(文明の)生は、福音書でも記載されているように、人間の生にあらゆる「奇跡」をもたらす。癒されなかった病は癒されるようになり、見えなかった目は見えるようになり、立てなかった者は立って歩くようになる。死んでいたかに思われる者は息を吹き返す。

しかし、これら「奇跡」のすべてはまさに今日目撃するような技術文明がわれわれにもたらした「福音」そのものではないか。まさに「その一切をいちいち書き記すなら、世界はそれを納めきれないであろう」とヨハネ伝にあるほどに、こうした一切は、人類の文明のこの世で生起させている<あらゆるすべて: all and everything>である。だが、その「福音」は、文明の終焉(集団による救世主の拷問と処刑)によって終わる。どんな事情があったにせよ、「救世主」は憎悪の対象となった。そしてそれは天寿を全うすることなく、30代半ば前という若さで、殺害によって幕を閉じるのである。ただし、ひとつの予言を残して。「私はまた帰ってくる」という予言を。

寿半ばに死ななければならない「西洋(技術)文明」というものは、まさにこうした「イエスの人生」を祖型として構築されたものということができよう。

■ 教会音楽の中の「数性2」

例えば音楽の世界においても教会のsacred musicの楽曲形式には濃厚な「二部構造」が見出される。教会とのつながりのある楽曲が「二楽章」形式、ないし「二部」形式になっていることはまったく偶然ではない。そこにはふたつの部分、すなわち十字架の水平線(横棒)と垂直線(縦棒)を表現しようという意図が潜んでいる。それが当てはまる作品の中には、比較的新しいところでは、G・マーラーの交響曲第2番「復活」および交響曲第8番、そしてサン=サーンス交響曲第3番「オルガン」などがある。いずれも通常のシンフォニーホールで演奏されることが想定されているというよりは、オルガンやクワイヤを大胆に含んだものであるために、交響曲でありながらコンサートホールよりは、そもそも教会での演奏が想定されているように思われる。つまりこれらは交響楽形式を纏った宗教音楽 (sacred music) の亜種と呼ぶべきものなのかもしれない。

やや古いところでは純然たる宗教音楽であるバッハの多くのオルガン曲「プレリュードとコラール」「プレリュードとフーガ」「トッカータとフーガ」なども、ある種の「二部形式」の例と考えることができるであろう。

(更なる推敲と拡張の予定)

■ “2”の時代と深く関わりのある国旗に見られる「数性2」

よく知られた事実であるが、航海術によって人類が再び大海に乗り出していく大航海時代のさきがけとなった国は、スペインとポルトガルである。この二国が旧教の布教プロジェクトと表裏一体となって西方行路を見出そうとしたために「新大陸」発見に繋がる(無論、これは彼らが「新大陸」の存在を知らなかったという前提での話である)。

いわゆるカトリック教を始めとして「ラテン文化」と言われるものが今日南米に見出されるのも、この二国が競って行なったミッションの努力とそれに次いでやってくる植民地支配の結果である。大航海時代が専らこの「二国」によって進められたことは象徴的である。

Vatican Flag Portugal Flag Spanish People's Flag Spanish Royal Flag Swiss Flag

そして、ポルトガルとスペインの国旗が「二色旗」であることにもわれわれは注意を促すべきである。この「二国」とその後の世界の覇権、そしてその時代というのは歴史のあるエポックを表象しているものと考えるべきである。

現在のスペイン国旗は二色旗でありながら水平方向に3分割するパターンによって「三色旗」の時代への過渡期を表現している。(スペイン国旗には公用と民間用があるが、公用国旗にはヘラクレスの柱による「2本の棒」すなわち「数性2」の暗示もある。)

ローマ・カトリックの総本山であるヴァチカン市国の国旗(カトリック教団旗)が、正方形であり、また二色旗であるということは、象徴上、極めて重要な意味を持つ。「数性2」は、二色(黄 vs. 白 / 金 vs. 銀)であるということに見出される他、「ペテロに渡された鍵」の象徴が二本組み合わせられていることにも見出される。こうした「X字状」の十字図像の範型は「ソルタイヤ: saltire」と呼ばれる。詳述しないが、この「斜め十字」は、ここで論じられる十字架とは全く異なる性質や意味を持つ。この鍵の組み合わせ方は、「十字」のもう一つの表象のパターン、そして「数性4」を論じる際に、再び言及されるであろう。

スイスの国旗についてはここで詳述しないが、公用の国旗として使われるこの国旗は、正方形であり、その形によってヴァチカン市国の国旗のようなある重要な秘教的意味を伝達している。スイス国旗についての秘教的解釈は再び「“6”の時代」の章の中で再び論及されることになる。ここでは、きわめてあからさまな「数性2」を保持した国旗を持つ国家が歴史的に重要な役割を演じることになるだろうことを言及するに留める。

■ 「数性2」の宣言する「終わり」の始まり(章のまとめ)

そのあらゆる生命の源であるMother Earth / Mother Natureがついにその一人子である人類の文明を産み落とした。人類が、真に「文明」と呼ぶに相応しい段階に到ったとき、歴史的に“2”の時代に突入したことが宣言される。こうした「歴史的エポック」は、ひとつの時代の象徴として、必ず或る人物が生贄になり聖化されることで達成される。それは「燔祭の羊」のようなものである。今回の歴史における最古にして、しかもまだなお記憶に新しいその儀式は、およそ2000年前に行われた。決定的な宣言の方法とは、2本の「木の棒」によって造られた「極めて特殊」な形状の処刑台の上で男が自ら死ぬことであった。そしてその人物のポートレートはマリアに抱かれる「人の子イエス」として、あるいは西洋の中世絵画や木彫の聖母子像の中では指を2本立てることで、現在でもわれわれに彼が“2”の象徴であったことを示し続けている。

われわれの生活圏が、文明と呼ばれるものである限り、同時に「終わり」の「始まり」がある。「個体の生」にしても「集団の生」たる文明にしても、「生きとし生けるもの」の宿命として、「始まり」のときに「終わり」が確実に約束されるのである。救世主として知られるこの度の文明世界を象徴するコードである「イエス・キリスト」は、隠し立てせずに「私はアルファであり、オメガである」と語ることで「始まりがあり終わりがある人類の文明そのものである」ことを明白に告白しているのである。

そして、彼は、滅び往く「かつての文明」の最終局面において約束した通り「帰ってきた」のだった。だが、彼は「この度の文明」においても再び同じ受難の道を歩んでいるのであり、かつてそうであったように再び磔刑に処される可能性が高い。これについての悟りは、福音書が「過去の話」であると同時に未来を予言するもの(= 福音: Gospel)としても読むことができること、すなわちイエス: Iesus, Jesusという名の或る<普遍的人間>についての話であることの理解をもたらすであろう。

このパターンは古今東西の神話に見られる「王殺しの祖型」として表現されてきたもの、またバガヴァド・ギーターで表現されてきたものと本質的に同じである。ただこの神話的祖型についての理解とは、「王の殺害」という事件が、われわれ自身、今後「その影響を免れることができない種類の規模」を誇るものとして起こることだという文脈で実感することができるかどうか、すなわち、「われわれ自身の問題」として理解できるかどうかに掛かっているのである。

“伝統”数秘学批判
――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [6]
積み重ねられる数的祖型

Monday, February 20th, 2006

伝統数秘学批判:「公然」と隠された数と欧州中心的な「文明史」と象徴体系の指し示す内容について [7] “2”の時代(後半)に進む前に、一旦、重要な寄り道をする。これは今後展開されていく、各「数性」への論述理解に必要な前提を提供するものとして、欠かせないものであると考えるためである。

■ 積み重ねられる数的祖型

地上におけるわれわれの日常的な視点からは、「数字」で象徴される「週七日間」に相当する歴史区分というものは受け入れ難いものであろうし、“D day”とでも呼べるような劇的なエポックが歴史の動向に作用し、その出来事を境に世界の様相が一変してしまうというような歴史観を容易には受け入れ難いであろう。実際、そのように明快に主張してしまえば、相当の不正確は逃れ得ない。したがって、より正確を期する努力をここで一旦しておくことは意義無きことではない。

歴史の一般論として、確かにある特定の事件の起こった日が、歴史的に重要な一場面として記憶されることはあるだろうし、それがその後の世界の行き先を決める一大潮流を作るきっかけになることもあろう。だが、これも至極自明なことであるものの、実際の歴史の流れや転換というものは、一朝一夕に行なわれるものではない。

例えばフランス革命にしても、「新大陸」における植民地アメリカの大英帝国からの独立にしても、そのいずれもが一夜にして起こった訳ではない。新勢力は時間を掛けた周到な準備と繰り返される失敗の果てにその力を拡大し、運よければやがて覇権を握るのであり、衰亡していくひとつの勢力も一夜にして歴史から姿を消す訳でもない。

こう言うことが許されるなら、「“D day”とでも呼べるような劇的エポック」に、ある<徴>が最初の兆候として示されることはあり得、その後も視覚化されたその「兆候」がひとつの運動(movement) の旗印として機能し続けることがある、ということである。

本質的に、歴史の転換とは保守する側と変革する側の間の、幾世代にも渡っての闘争であり鬩ぎ合いである。最終的に変革を標榜する側が時代を塗り替え、塗り替えた方が今度は保守する側に回るというのが歴史の範型である。それは悠久の昔から変わらない。だが、保守する側が変革を進める側に簡単に支配権を譲る訳ではない以上、ふたつの勢力の拮抗する場面においては、象徴に関しても新旧勢力を表す二つのものが同時に存在することにある。あるいは「拮抗」そのものを表現する象徴がこの世に現れる。無論、拮抗する前段階でも、新勢力の出現の初期に、その勢力が旧勢力を置き換えるものであることを誇示するために、<徴>が先行して登場することがある。

大抵の場合はこうした<徴>はどこからともなく登場し、それが広く認知される頃にはそれがなぜそのような形になったのかということを、敢えて人々が問わないほどにすでに定着しているはずである。あるいは時代が下ってくると、特定の個人にある徴の誕生の責任が求められるようなケースもある。いずれの場合も、ある特定の「象徴」は、われわれの心理の隙間に忍び込み、元型的イメージとして居座るだろう。数的象徴が祖型(元型)の一種であるとすれば、それはあらかじめわれわれ人類が(あるいは欧州文化圏の人々が)共有している内的実感と一致するからなのであろう。

また、忘れてはならないのは、旧勢力が新勢力に支配権を譲ったとしても、旧世界が文字通り「滅亡」を意味する訳でない以上、旧勢力を象徴する<徴>自体は、新勢力が覇権を握った後でも温存される。つまり異なった時代を象徴する<徴の共存>が生じる。<徴>は、新しいものによって古いものが完全に上書きされるのではなく、新旧が共存するのである。したがってあくまでもここで問題なのは、こうした徴の現れる頻度であり、またその頻度の「ヤマ」がその<徴>の数性を反映するかのように、その数字の順序通りに登場してくるということに注目すべきである。そして新しい徴がいつ頃から疑問の対象とならず日常的な象徴物として現れるのか、という、あくまでも登場頻度の程度を中心に勘案する以外に無いのである。

一旦その徴自体の持つ厳密な文法、あるいは数的図像同士に存在する法則が掴めれば、その象徴の出現頻度のヤマ場は、あたかもそれが歴史の道沿いに立てられる道標(みちしるべ/マイルストーン)の様に、あるいは日本庭園における飛び石のように、時間軸上に、ほとんど「数学的」とも言うべき「ある一定の間隔」をおいて置かれているのが眼前にありありと見えてくるであろう。こうした時間認識がまさに「超歴史的視点の獲得」に等しいのである。それは多くの場合、効果的に示されたイニシエーション(ないしそれに準ずる体験)によってもたらされるが、その初期段階の認知によれば、それは、あたかも「神の見えざる手」が人間世界への「聖なる浸入」を図り、人類史に介入を果たすかのような様相を呈したものとして認識されるだろう。神的なもの(聖なるもの/大いなるもの)が実在するという確証として、そうした名状し難い体験が一定の神秘主義者にはもたらされてきた。だが本稿には、その<実在>が、この理由を以て「証明されたと」主張する目的を保持しない。ただ、こうした数性を保持した数的図像を通して祖先達が何かを後世に伝えようとしたこと、あるいは伝えることができると信じられたこと自体、文明自体の超歴史的回帰という前提なしにはあり得なかったということが、控え目に述べられるだけである。

人間の世界観は時代とともに塗り替えられていき、人類はそれぞれの属するパラダイムにおける支配的な世界観以外の仕方で世界を観ることが難しい。だが、象徴は容易に塗り替えられない。組織的なイコノクラズム(聖像破壊)が存在すれば別であるが。忘れてはならないこととしてもう一度繰り返せば、<普遍的題材>を扱う数的祖型群は、ひとつひとつその<徴>を歴史の上に「積み重ねていく」のであって、正確に言えば「塗り替える」訳ではない。歴史的エポックをきっかけに転換されて行く歴史の流れは、旧勢力に属する<徴>を視覚的な刻印として残したまま、新勢力の<徴>を歴史の書棚に新たに「加えていく」のである。そしてその数的祖型を反映する図像は「歴史の終わり」が近づくにつれ、その「全七巻」の徴を、全て今回の歴史の周回として「歴史の書棚」に揃えるであろう。むろん、「七日目」にはついに休息するわれわれが、その七巻目をそれとして目にすることは、おそらく無いのであるが…

“伝統”数秘学批判
──「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [5]
“2”の時代〜「元型的月曜日」(前半)

Monday, February 13th, 2006

「数性2」の象徴は、現在一つの特定の宗教によって簒奪されている(と言って悪ければ、占有されている)という言い方もできる。その宗教がその数性を多かれ少なかれ「自分たちのものである」と宣言したことには、しかしながら、相当の必然性と理由がある。そしてその数字とそれを表象する体現物(フィニシアン)たる<徴>を独占することによってこそ、その宗教は「世界の宗教」たり得たのである。その徴こそは、その宗教の担わされた元型そのものであり、中核的な存在である。だが、最後には、その宗教がある祖型的イメージを伝達し、その中に厳然として存在する「数性」を伝えることにこそが、中心的役割であったかのようにさえ考えられることが了解されるであろう。宣言は、およそ2000年前に行なわれた。劇的に、誰にでも忘れられない方法によって。

「相当の必然性」と言うのは、その原型的象徴がわれわれすべての者が影響を免れないほどに文明の方向性を決定するだけの強烈さを持っていること、そしてこの世において、ある元型的物語の「再演」に関して、その宗教が担っている(担わされている)ものが、その決定にきわめて重要な役割を演じることを先覚者達は諒解していたからである。

「再演」されるのは、ある男の「死と再生」の受難を「現実に」執り行うことで象徴的に描き出される世界規模の「死と再生」の物語である。そしてその役割は、ある種の自作自演(狂言)、すなわち世間に警告を与えるとともに警告される内容の実現を幇助するというパラドキシカルなものである。そしてその劇にはある<徴>が重要な役割を演じる。それは主人公的登場人物の重要性に次ぐか、もしくはその登場人物以上に重要なある「イメージ」を伝達するための労作であったとさえ言える。だが、死を賭して伝達されるべき価値のある内容であったし、死(そしてそれに引き続いて起きた「再生」)を実現すること自体にドラマの完成の鍵があったために、それは避けることが出来なかった。その後、大いなる勘違いを伴いながらも、「劇的な死」のイメージは、そのままそれを信奉する一群の人々の生き方(人生観・文明観)の元型とも成っていくのである。つまり、「死を賭した」伝達が、現に成功したことによって、その生き方(死に方)は最終的に肯定され、却って「死に向かう」その文明の元型は決定されたのであった。そして「死ぬ」以上、その復活も同時に約束されなければならなかった。そして、それはおそらくかつてそうであったように、死ぬ以上、復活するであろう。

この劇は受難劇 (Passion)と呼ばれる。一方、登場する<徴>は、例えば「愛」と「愛の実現のための死(自己犠牲: sacrifice)」、あるいは「生を超える実在への信仰、ないし絶対的信頼」、言い換えれば「形而上存在への信仰とそれへの殉死」、そして何よりも「忠実: faith」を顕わすものである。さらにそれは同時に紛うことのない数性を発揮する。そして最終的に、それは何よりも「死」、中でもとりわけ「殉教」との濃厚な関連を埋め込まれた「数的象徴」となった。そして、他の目的のために“不信心者”としての他者(異教徒)がその<徴>を恣意的に用い得ないように、徹底して聖別された。聖別の仕方とは、代表格が進んで「生け贄の羊」になることであり、その血を以てその<徴>は、その信者以外が用いることが出来なくなった*。

* こうした聖別は、例えば「水による死と再生のイニシエーション」が、その特定宗教への帰依を表現する「洗礼」の儀式となり占有されたこととも類似関係にある。

脱聖化が進められた今日では、その記号が「数性2」のシニフィアンであることに人々が気付かぬほどに、無意識化(非言語化)された。一方、あらかじめ徹底して聖化されたこの数的象徴の影響力は、この宗教を信仰する者たちにとって未だに特別なものであることは言うまでもないが、彼ら信仰者にとってのみ「意味を放射する」ものではなかった。それほどに強烈な自己成就性を保持した<徴>であったのだった。(宗教の持つこうした象徴は、すべて同様の意味を放射しているのであるため、この宗教においてのみ独自のことではないのであるが。)究極的なまでに単純明快な構造を持ったこの<徴>は、この宗教の信仰者の周囲やその教義や世界観に反論・敵対する者達にとっても重要な意味性を発揮することになる*。そしてその<徴>の意味は、われわれのこの度の世界において、その特定宗教が「記号」の主たる伝達者・提示者となったものの、その活動を通して人類共有の財産となってゆくのである。

* 反論・敵対する者達は、やはりその宗教に対して別の<徴>を持った「宗教」によって対抗した。

もちろん、人間の組織としての宗教団体となったそれは、その徴を掲げた布教家(ミッション)達によってその教えの重要さが流布された。その<徴>は大西洋を渡って新大陸に赴いた布教家の乗った船の帆にも見出されたし、エルサレムの奪還を企図した「聖戦」への参戦を志願をした僧兵の胸当てや楯(シールド)にも見出された。そして現在ならば、肌着の下に密やかに隠されるかのように、信仰者の秘めた心情を表明する小さなネックレスとしても見出されることになる。

[1] Crusador's red-cross shield [2] Crusader's cross & Crescent of Islam

[3] Crusador's Cross Shield [4]Santa Maria of Columbus

画像引用先:

[1] The Grace Collection Web site

[2] World Food Issues: Past and Present

[3] website.lineone.net (The Crusades)

[4] 切手に現れるコロンブスの船(サンタ・マリア号)

「信仰と信仰への殉死」を身を以て提示したその教祖について伝えられた記述の内容からすれば、その後の布教活動や十字軍派遣は、文字通り暴力的と言う他ない結果を周囲諸民族にもたらし、またその<徴>が侵略者の徴として周囲に記憶されたのである。つまり、無条件・無私の愛と自己犠牲を説き、この世ならぬものの実在を示唆し、「人を押しのけてまで現世における生を貫くことにどんな意味があるのか」と問い続けた犠牲的ヒーローの教説とは全く相反する現実を世界にもたらしたと言うこともでき、そのことはきわめて象徴的であり、まさに歴史の皮肉ともいうべき宗教の逆説的がここにはある。

だが、断じてその<徴>は、その教父自らが死んだ場所・原因・方法と結びつけられることによって世界によって記憶された。

その<徴>、十字架は、ひとを磔けて刑死させるための道具の形状として当時の帝国ローマによって採用された。身体構造的には、両手を水平に伸ばし、胸を開き、直立するその姿勢は、無抵抗の徴であり、身内や仲間を身を呈して守ると同時に、自己犠牲への用意を進んで示す象徴的体勢でもある。

かくして、原初の世界において<一本の棒>であった祖型的数性は、「両腕」を水平に伸長させたことで、分裂・成長し<二本の棒>となった。二本の棒によって描かれる最も単純な幾何学図像は「十文字」である。十字架はたった2本の棒を組み合わせることで出来上がる縦軸と横軸の「二次元」的な広がりを作り出し祖型的ドラマの始まり(再開)を告げる「人類史」の最初の契機である。すなわち「終わり」を伴う「始まり」のサインである。

[1] Jesus on the Cross [2] Romesey Crucifixion

St. George church of Mravaldzali, 11c.

画像引用先:[1] 「グルジアの美術と文化: Georgian Art & Culture」より

[2] Clint Albertson, SJ: England’s Norman Romanesque Churchesより

だが、この<徴>が今日、疑いなくキリスト教的なシンボル(ロゴマーク)であることを認定した上でも、この<徴>は彼らが初めて着想したものでなく、今回の歴史における本格的採用に先立って存在した秘教的知識を裏付けるものである事実に変わりはないのである。

その証拠の一つは、数的象徴物が三度反復され配列されることにも求められる。民衆が見上げることのできる象徴的舞台である「ゴルゴタの丘」において磔刑に遭ったのはイエスひとりではなかった。彼は他のふたりの「罪人*」と供に三人で、木でできた十字の象徴物の上に、その身体を以て、文字通り「十字状の体勢」で、世界の頂点において高く掲げられなければならなかった。その丘の上に顕現されたこの象徴的図像は、この歴史の中で、「222」という数字の配列をこれ以外にないというほど完璧且つ露骨な形で世界に提示したものであった。

したがって、イエスが盗賊の聖ディスマスとゲスタスと共に磔刑に遭ったことは、象徴の要請する形状の実現の意味があったのである。ここで、イエス自身の登場や、こうしたイエス磔刑のイベントが歴史的に実在した事件であったかどうかは、この際重要ではない。そのような形でそれが行われたという記述と、それを信じた一群の信仰者の存在と、それが世界宗教へと格上げされていったという歴史的事実こそが重要なのである。

[1] Golgotha three crosses 222

[2] Celtic Cross Tatoo 222

[3] Les Argonautes

もう一つのCG画像。欧州人を魅了する普遍的図像。

* 「ニコデモの福音書」という新約聖書外典(12世紀頃)は、共に磔刑に遭いながらも十字架上で改心する方を聖ディスマス(St Dismas, St Dysmas)、十字架上でイエスを嘲弄する方をゲスタス(Gestas, Gesmas)と命名している。ADAGO用語集より)

画像引用先:

[1] LIVING WATERS

[2] Top Tattoo Designs: ケルトの十字架を利用した入れ墨絵柄

[3] Lorenzo Costa (1460c.-1535)による”Les Argonautes”

ギリシア神話のアルゴノートの冒険逸話を絵画にしたものであるが、<50人>の英雄的な冒険者達のこの神話に、サンタ・マリア号に乗って西方行路発見へと出帆したコロンブスの航海をダブらせているものと推察される。キリスト教絵画でないので、帆にあからさまな「十字架」は見出されないものの、支柱自体が十字になっており、それが3本並ぶ図像範型を示している。また極端なデフォルメのために「三日月」状の舟の上に3本の十字架が打ち建てられているように見える。これは、黙示録に登場する聖マリアと解釈される女のイメージを踏まえているものと思われる。そして残りの2つに比べてやや大き目の中央の十字の支柱の上では、光輝が放たれている。その支柱に巻き付けてある縄による滑り止めの「足掛かり」の数は13段になっている。これももちろん偶然ではない。

“伝統”数秘学批判
――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [4]
“1”の時代(“8”の時代)〜「元型的日曜日」

Tuesday, February 7th, 2006

[推敲中 Feb. 7, 2006]

あらゆる人々は元型の知識を持っているのである。そういった元型を彫像によって、装飾によって、住居にするためではなく象徴化するために設計された建物によって、少なくとも愉快に思い出されるような領域があるものである。(略)元型は壁面に掛けられており、胸にぶら下がっており、指に示されている。すべての者は元型に仕えているのだが、しかし元型がなんであるかを理解するものはごくわずかの人々にしかすぎない。

エレミーレ・ゾラ『元型の空間』(法政大学出版局・丸小哲雄 訳)第2章「元型」第十三節「人間に対する元型の働き」 page 141より

比較文学・錬金術・神秘主義研究者のエレミーレ・ゾラがいみじくも書いたように、元型(ここでは数的祖型)が、これ見よがしに、これに注意を向けよと「壁面に掛けられており、胸にぶら下がっており、指に示されている」のを、われわれはこれから繰り返し繰り返し見ていくだろう。

ベツレヘムの星と「東方の三博士礼拝」の図ベツレヘムの星(拡大図)

「ベツレヘムの星」と言われる八芒星。この星の出現により「キリストの復活」が明らかになる。(「Adoration of the Magi: 東方三博士礼拝の図」製作時期:6世紀・ラヴェンナ、サン・アポリネール・ヌオーヴォ教会)

東方三博士の夢

「The dream of the Magi: 東方三博士の夢」の柱頭 (capital) に描かれた「ベツレヘムの星」。天使によってヘロデ王が赤子のキリストの誕生を嫉妬し、問題視していることを警告する。(製作時期:12世紀・フランス、オタン)

聖家族のステンドグラス

「聖家族」のステンドグラス(撮影:ニューヨーク・メトロポリタン美術館、製作時期:15世紀?)聖家族を照らす光はその形状(八芒星)からベツレヘムの星と推測される。

世界の庭園(ペルシア絨毯)

ペルシア絨毯に描かれた世界を表す庭園(製作時期:17-18世紀)。東西南北に伸びる水の流れの間に世界の四隅に向かって伸長する樹木。この樹木の育っていく場所が「母なる地球」であり世界の生命を育むものである。八芒星のバリアントのひとつで2つの四角形を組み合わせたものである。八芒星が生命を産出する何かを表していること、八芒星が四角形を2つ組み合わせたものとして描かれること、この二点が明確に表現された作品である。

Wales Southeast Islamic Garden at Alice Street

いわゆる「イスラム庭園」(Islamic garden)と呼ばれる伝統的庭園意匠の核に位置する「世界の中心」を表すモザイクを使った典型的図像。八芒星が「二重十字」を具象化した「数性4」と濃厚な関連を見せる一例。八芒星が「“4”の時代」の章において再び取り上げることになる「二重十字」の意味を保持しつつ、「数性8」を表現すること、そして世界の生命を育む母性的存在を表す数的祖型そのものであることが、この図像からも理解できる。核となる八芒星(二重十字)以外に小さな八芒星がモザイクによって表現されている。

図版引用先 :「Islamic Garden」Wales South East、アリス・ストリートのモスクにあるステンドグラスを元に地域の子供たちが制作したと報じられたモザイク作品。(BBC.co.uk)

ローズウィンドウ

八芒星を含むローズウィンドウ(円相型ステンドグラス) 後に見ていくことになるキルトの題材として繰り返し現れる八芒星と同じ構造をしたもの。一筆書きで書くことの出来る八芒星。教会に「世界」を表すことが要請された時に、しばしば採用されるローズウィンドウの中心に描かれる八芒星。

キルト(8つの八芒星)

8つの八芒星が星を取り囲むパターンPersian Star:

■ “1” ─ このアルカイックな象徴

数字の“1”についての説明の難しさの第一の理由は、その古さ、すなわちその「余りにアルカイックな起源」にある。数字の徴が歴史の経過とともに明瞭になっていき、「知ったところでもはや間に合わない」ほどの最終的局面においては誰の目にも明らかな徴へと変容する人類の表徴活動の動かし難いひとつの法則のために、われわれの世界にとっての“1”という数性によって表される「時の始め」というものは、とりわけ観測が困難なのである。

■ 8 - 7 = 1[8引くことの7は、1。]

加えて、われわれの世界というものが、繰り返される歴史の最初ではなく、それが正確に幾度目なのかはともかくとして、少なくとも「最初のものでない」ために、前回(あるいは前々回、前々々回、…)の周回からカウントした“8日目”を顕す図像的象徴が、“1”という記号を置き換えるやりかたで顕われる「考古学」上の、あるいは「図像学」的な傾向もあるために、却って分かりにくくなっている面もある。だがむしろ、円環的歴史の「初めの時代」の数字であるはずの“1”が、別の数字(具体的には“8”」)によって置き換えられるという事実によって、この回帰するわれわれの世界の儀礼的範型(パターン)の実在が、浮き彫りにされるのである。

何度も既に観てきたが、改めて「元カレンダー:archetypal calendar」を載録する。

         月  火  水  木  金   土

第1周      2  3  4  5  6   7

第2周      9 10 11 12 13  14

第3周   15 16 17 18 19 20  21

第4周   22 23 24 25 26 27  28

すなわち、われわれの世界の歴史の初めには“8”があった。われわれにとって図像起源上、極めて「古層」に属するものの多くが興味深いことに“8”の数性を表す象徴なのである。図像学的には無限大“∞”の記号ともしばしば置き換わる*ことのある“8”、そして日本では『末広がり』として知られる「目出たい」数字としての“八”がそこにあったのだった。

「オクターブの原理」によって説明される次周期の最初を表すこの“8”こそが、「反復」を意味する記号となり、また、反復される歴史と「無限・永遠」を象徴する記号となったのはある程度必然であった。

タロットカードのマルセイユ・セットにおいて「1. The Magician: 魔術師」の頭に被せられている鍔(つば)付き帽は、まさにその円環する歴史を司る魔法使いとしての意味を表している。それは円相であり、また捩じれたメビウスの輪(“∞”)のようでもある。一方、実際のカードリーディングにおいてしばしば用いられているらしい近代的なA. E. Waiteのセットにおいては、同じ「魔術師」は帽子を冠らぬ姿で描かれているが、頭上に“∞”記号がまるで「天使のわっか」のように浮かんでいる。

Tarot I. Magician / VIII. Strength

これは意匠上の変容の例である。同様のセットにおいて第8番のカード「8. The Strength: 力」において描かれる「柔」が「剛」を制する場面の「女神」の頭上にも“∞”記号が浮かんでいる*のである。ここには西洋のアラビア数字の“8”と“∞”の間に切り離し難い関係があることが暗示されているのである。

* より古い起源を持つマルセイユ・セット(左)における「Strength」のカードは、“∞”ではなく、「Magician」と同様、鍔(つば)付き帽を冠る女性をフィーチャーしたものだが、その順列を表す数字は「XI (11)」であり、「VIII」ではない。これは、時代と共にカードの順序が変わったことを明示するものであるが、比較的新しいA. E. Waiteのセットにおいて「Strength」のカードが“11”から“8”へと移動したことには一定の必然性がある。これは時代と共に数性を表す祖型がより明確になる一例である。もともと「VIII」の位置には「Justice:正義」のカードがあった。これは右手に剣を保持しながら左手に天秤(秤)を持った女神像であった。これは「数性4」のところでも取り上げるように二つの異なる「力」の均衡との関連がある。

“1”を説明することは、とりもなおさず<元カレンダー>を理解することが前提である。

■ “1”の象徴としての蛇(大蛇・龍)

前段で論じたように、“1”の説明は“8”の象徴についての説明によって大いに置き換えられる部分がある。だがそうであるとしても、“1”を表していたであろう図像を完全に飛ばしてしまうことはできないであろう。

“1”こそが、しばしば「齢を経た蛇」として太古の昔から言い伝えられたとされる、一本の棒なのであった。それは「我と我が尾を食む蛇/龍」として出現すれば、西洋における円相関連図像の中でも最古のもの(エジプト起源)と言われるウロボロスに変容し、その後あらゆる円相のバリエーションとなって世界各地で観察されることになる。あるいは、この細長い1本の棒は、時にはイヴを誘惑した「原初の蛇」として歴史の初めにその姿を現す。そして別の場面では蛇に変身してみせるモーゼの杖として現れるのである。いずれもわれわれにとっての神話時代*の話である。

だが、忘れてはならないのは、ヘルメスの杖と呼ばれる「カドケウス: caduceus (sg)/caducei (pl)」である。

Caducei Caducei Numbers

特にこの特記すべき図版に関しては、2尾の蛇が交差して極めて明瞭な三層構造を見せることで重大な秘儀の伝達に成功している点が見逃せない。これは「炸裂する植物」を中心に、獣(蛇)が向き合う対称図像のヴァリアント(変異種)であり、しかも歴史の秘儀を極めて効果的に表象するものである。そして超歴史的な円環が3回起きていることを杖に生える葉によって表現している。

一番下層の最初の胴体の交差によって歴史の最下層においてすでに最初の「円環」が閉じたことを意味している。しかも2尾の蛇の胴体で囲まれる(蹄鉄のような形状の)中心に「植物」の第一の節(フシ)が葉の炸裂によって表現され、そこで植物特有の最初の爆発的な展開があったことが示唆される。そして真ん中の第二の階層において第二の交差が起こり、2尾の蛇の胴体で囲まれる内側には、二つの節が存在する。これによって二度目の円環が閉じたことが暗示される。その上の最上部においては2尾の蛇が向かい合って対峙し、第三の円環が正に閉じようとしている場面を描いている。そしてその周回が三回目であることが、内側の植物が三つの節を見せていることで表現しているのである。これは、超歴史的円環の三重構造と、その都度大きくなる円環の規模を暗示するものでもあり、向かい合った蛇が今にも交差しようとしていることで、最上段において「時が満ちている」ことが表現されているのである。

メルクリウス(マーキュリー)の杖として知られるこの蛇の図像は、蛇で表さされる歴史の円環を、1尾の蛇(ウロボロス)によって描くのではなく、世界の至上権を巡る二つの勢力によって世界の円環が閉じられるという歴史の秘儀を、2尾の蛇を利用することで描いているのである。

小さな文字* 誘惑の蛇は旧約聖書「天地創造」において、蛇に変容するモーゼの杖は同じく旧約聖書「出エジプト記」にて言及される。

■ 「歴史」の原初に出現する蛇

原初の蛇(大蛇/龍)は歴史時代の開始と関連がある。少なくとも時の初めが語られる際に関連づけられるほどに古い象徴である。

蛇は例えばアメリカ合州国の独立以前から独立戦争に至る期間存在した「国旗(植民州旗)」にも見出される(厳密にはまだ国ではなかったので国旗というのは不適当なのだが)。それは旗に書き込まれたまさに「Don’t tread on me ドント・トレッド・オン・ミー: 我を蹂躙するなかれ」という言葉と共に現れるもので、時の初め(この場合、国の初め)に出現し、殺害されんとする大蛇の図像なのである。また「1本の細長い徴」を用いた数性を表す記号なのである。言うまでもなく、アメリカ建国は比較的最近の歴史的エポックであるが、この建国期(アメリカという国の「建国神話」の発生期)に、蛇が登場するということには、「蛇」と「原初」というものの明らかな関連があるからである。「秘教大国」としてのアメリカ合州国の象徴主義は、このように建国以前に遡れる徴にも顕われていることを想起することは無駄ではあるまい。

DON'T TREAD ON ME FLAG  with stripes

星条旗の「条:Stripes」の部分をフィーチャーした「DON’T TREAD ON ME」フラッグ。画像引用先

Gadsden Flag

クリストファー・ガズデンがデザインした「Gadsen Flag」と呼ばれる「DON’T TREAD ON ME」の別バージョン:画像引用先:WIKIPEDIA

ガラガラ蛇が三周とぐろを巻いており、「三周(三層)の円相」を思わせるデザインとなっている。背景は黄色が通常であり、これは「ここに(無防備の)人あり」の注意のサインを表している。黄は、POW (Prisoner Of War: 戦争捕虜)を表す色でもある。色については別途論じることがあろう。

Culpepper Flag

「Culpepper Flag」と呼ばれる「DON’T TREAD ON ME」の別バージョン:画像引用先:Allison-Antrim Museum

「Liberty or Death: 自由を、さもなくば死を!」という大英帝国と闘う抵抗者のメッセージが読める。

■ 前史的存在としてのユニコーン

また「1本のもの」との深い関わりがあり、またアルカイックな意味を持つものに「一角獣: Unicorn」の神話がある。ユニコーンの象徴には、「歴史時代の始まり」に関しての記憶を保持するものだとわれわれが考えてもよい理由がある。それはまた「楽園の喪失」とも関連がある。一角獣は「俗人」によってハンティングのターゲットとなり、捕獲されることによってその魔術性を喪う。極めて興味深いことに、この一角獣は処女に対してのみ心を許すのである。ここにはふたつの意味合いをわれわれは読み取ることができる。ひとつは一角獣と処女の間には何か性的な結合を暗示する関係があると言うこと。一角獣には汚れを知らない処女が相応しい、と同時に処女は一角獣の“角”によって蹂躙されることで聖婚が完成するのである。だがそのために一角獣の象徴する「純潔」が処女に手なずけられることによって脱聖化(俗化)され失われる。したがって、ふたつめはユニコーンの魔力の喪失とともに、われわれの歴史時代の出発が画されるという象徴的一致がある。

このように1本の棒(この場合1本の“角”)とは原初の徴として機能していることをわれわれは銘記すべきである。そして「角:つの」を表す単語“horn”は、“cor”, “corn”に語源的な関連があり、「角:かど」である“corner”とも関連があることを明記しておく。例えば、五芒星は“five-cornered star”, “five-corner star”となる。

ユニコーンのタペストリー

図版:「第7タペストリー:囚われたユニコーン」製作時期:16世紀初頭(不詳)・ブリュッセル(不詳)ニューヨーク・クロイスター中世美術館(メトロポリタン美術館別館)

■ キリスト教文化における“1”もしくは“8”について

その蛇は自らの尾に噛み付く事によって自らを消費し、自らを養った。自らを食べることで、永劫に生き続ける夢魔でさえあった。だが一方、同様の意味を体現しうる“8”とその徴は、「ルネッサンス以前」{6}のキリスト教美術の中では、聖母マリアの額や肩の部位の八芒星(もしくは「二重十字」)として現れているか、「人の子」の誕生を告げる「ベツレヘムの星」としても現れる。この「星」は「東方の三賢者」が空に輝く星を観て「ひとの子: the son of man」の誕生を知ったというエピソードに関わっている。「人の子」がまさに生まれ出そうとしているその直前に現れる星が、古代美術においてしばしば八芒星によって描かれることにわれわれは鋭い注意を払うべきである。これは、まさにわれわれ人類の歴史があたらしい「周回」の途に就いたことを告げる象徴とエピソードだからである。つまり“8”には生命を生み出す「母」としての意味の他に「再生」の意味が含まれている。

聖母1 聖母2 聖母3 聖母4 聖母5

意味的に“1”に置き換えられる“8”の徴は、キリスト教美術の世界では、処女懐胎し「子」を生み落とす地母神なのであり、それが「イエス」という名のメシア/キリスト(油を注がれたもの)を世に送り出す。母に抱かれた赤子イエスは、八芒星を額や肩に輝かせていると同時に、その胸に抱かれる子は自らの指で“2”という数字を提示する。まさに“1”でありながら“8”である「母」なる存在によって“2”がこの世界に産み落とされるのである。

次は、捕捉的に近代美術に見られる「数的祖型」を体現した作品の一例を掲載する。

ブルジョア作「ママン」

六本木ヒルズにあるこの巨大な蜘蛛の造形作品は、現代の彫刻作家のルイーズ・ブルジョアによるもの。鋳鉄製の8本脚のクモの作品であるが、その秘教的意味性はその作品タイトル「ママン:母」によって完成する。この母蜘蛛は、腹に子供の卵を抱いている。正にこの母なる存在はこの世界に新しい生命を産み落とそうとしているのである。(筆者撮影)

あらゆるペイガン(異教)的な象徴でしかもキリスト教以前の創作物に登場する「星」は八芒星であることが多い。“8”と次にやってくる“2”との間の緊張は、その親子のやり取りの中にも見出される。息子はその母を否定することによって前進することを選ぶのである。しかし、この“8”で象徴される存在は、その産み落とした一人子がどのような命運を辿るとしてもそれを「黙って観ている」ことを選ぶ。

“8”を表す象徴は、そのアルカイックさを裏付けるように、きわめて旧い起源を持った伝統や習慣を維持していると考えられている民族グループの中の民俗美術・工芸品の中にも広く見出すことができる。アメリカ先住民の美術品の代表的モチーフとして知られる『日の出(ライズィング・サン)』は、アメリカン・キルトの中に意匠範型の一つとして取り込まれ、ひろく白人社会の中にも見出される。

あるいはムスリムの頭に着けるキパのような帽子(クーフィ: kufi, coofi)にも、同じ八芒星が“8”を象徴して出てくる。これは、“8”が起源を量ることのできないほど古い伝統に遡ることを表している。この八芒星はペルシア絨毯にも中国の伝統的な刺繍パターンにも見出される。

Muslim Kufi 八芒星刺繍

これは単に8つの角を持つ星として現れるばかりではなく、その数と同様の「点」をその周囲に持つことが多い。これはこの点の数や星状多角形の角の数にも注意を喚起するためのものである。

キルト(8つの八芒星)

■『永遠の反復』の象徴としての数字“8”

その“1”(いち)であり、“8”(はち)である「原初の時代」は、我々が推し量るに難しいほどの長さであった。そしてその無限の長さとは、すなわち地球そのものを象徴することさえあった。地球は自らを消費し、自らを養っている。聖母マリアとはまさにマザー・アースであった。その推し量るに長すぎる“1”の時代こそが新しい人類の夜明けであり、計り知れないあるものの「終焉」、すなわち「休み」の時代の後に来た文明人の第一歩であった。それは歴史学、もしくは、考古学的には旧石器時代{7}と言う風に分類されたかも知れなかった。

“8”を顕す八芒星の図像バリエーションが、意匠の利便上も実はその一見した複雑さにも関わらず、実はその描画が他の奇数の角を持つ多角形(たとえば五角形や七角形)に比して相対的に容易であったということは特筆すべきであるし、さまざまな民俗美術・工芸品の類の中にこの八芒星の図像が極めて歴史時代の「日の浅い」段階で出現し得た理由のひとつを説明しているのである。

(more…)

“伝統”数秘学批判
――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [3]
序論(下): 数性と歴史の回帰の秘儀

Monday, February 6th, 2006

数性と歴史の回帰の秘儀を伝達するための一般的手法を以下に示す。

(この下にこのような無意味なブランクが生じるのはなぜだろう。不思議だ。ブログのバグか、それとも表を入れたことで生じる不具合か?)

第1周

1 (8)

2

3

4

5

6

7

(8)

第2周

11 (88)

22

33

44

55

66

77

(88)

第3周

111 (888)

222

333

444

555

666

777

(888)

勘の良い方にはこの表を見ただけで、これらの数字が時代のどのようなエポックにそれぞれ対応しているのかを瞬時にして理解できるかもしれない。とりわけ、「第3周」にあたる数字の列を見て、ある親近感を覚える方は多いだろう。同じ数を三つ並べるという数的象徴というものは、われわれの時代に於いて極めて重要な意味を持つからである。第1周を一つの数字によって表し、第2周を二つの数字によって表す。そして第3周を三つの数字によって表すことによって、それぞれの数字の列がどの周回に属するかを表現し、2回ないし3回繰り返される数字自体がその周回における歴史的「時点」を表現する。このシステムは実に理にかなったものである。

だが、ここではそのひとつひとつの意味とそれに対応する具体的な歴史上のエポックが何であるのかを詳述しない。それはこれから追って詳しく見ていくからである。問題は、これらの数字がアラビア数字で表されることによっては時代を超えた普遍性を獲得しえないと言うことである。

すなわち、アラビア数字を読めない人々にとっては、なんらの意味もない「記号らしきもの」の繰り返しに他ならない。これらの形状には時代を超えて認識されるだけの(もともとはあったのかもしれない)普遍性がもはや失われて存在しないからである。少なくとも繰り返しがあることは視認されようが、そこにどんな意味があるのかを読み解くのは難しいであろう。ならば、より確実にそれが数性を表している事実を伝えるためには、時代を超えて存在するものの表象を活用する方法が有効となる。ここに幾何学的図形や時代を超えて存在するシニフィアン(記号表現)としての徴の採用が検討される。

花であれば花びらの数、葉であればその形状が「数性」を表す記号として機能すれば良いのであり、その場合、アヤメや三つ葉のクローバーは“3”を表す記号として、サクラの花は“5”を表す記号として、ユリの花は、その描き方次第で(“3”ないし)“6”を表す記号として、利用可能なのである。つまり、ここで「三つ葉のクローバー」はシニフィアンであり、「3」という数性がシニフィエである。現に、特定の詩人や建築家達は、花を意味を伝えるための特別な記号として使用して来た実例がある。

さて、以上の元カレンダーをアラビア語を使わずに普遍的伝達を図ろうとした場合の一般的手法は以下のようになる。これらの記号は一例であり、さまざまなバリエーションが存在する。ここではひとつの範型を示すに留め、数的図像をひとつひとつ観て行く時に、それらのバリエーションを観ることになるであろう。

普遍様式・元カレンダー

普遍様式・元カレンダー(クリックして拡大)

教会においてはステンドグラスのウィンドウや壁龕(へきがん: ニッチ)、そして透かし彫りの窓の形状などによってその数性を伝えた。そして、こうした数性を確実に特定の数として伝達し後世の人間に理解させるために、そうした記号の制限的利用が必要となる。乱用されるほどに、それに特別な意味がある事に対して人々が関心を払わなくなるからである。したがって数そのものが聖なるものであり、むやみな数や数を示す表象の乱用や誤用を回避させる必要があった。

このようなわけで、先人達の努力によりこうした数性を保持しうる表象的対象物自体も容易に美術作品に登場する事はなく、特別な理由や明確な目的がある時だけ登場することになる。逆に言えば、そうした数性を伝え得るシニフィアンとしての表象物が登場するとき、それが無意味に登場することはなかったのである。確実に何かを伝えるためだけにそうした数の表象が現れるようになる。

解かれるべき謎は数字そのものであり、数字は図形の中に潜んでいる。

三本の光(光の三態)について

Wednesday, February 1st, 2006

地上の星座

阿弥陀如来 Titan ICBM

この題名の「光の三態」は、やや不正確な表現かもしれない。なぜならこの表現にはあたかも「世界にはたったひとつの種類の光しか存在せず、その唯一の光に三つの様態がある」とも読める題名だからである。しかし、ここでしようとしているのは、むしろ全く異なる3つの「光」(だが、緊密に連携し合っている光)についての考察である。そしてその「連携」を理解することによって初めてそれらを「同列」に論じることが可能なのだという論考である。その内容を鑑みれば、とても1回で語りきれる内容ではないが、先行するテーマの進捗もあり、こちらを先にシリーズ化することが許されないのと、これらについてはエリアーデによって包括的な研究があるのと、「集団的浄化儀礼」の論考シリーズにおいてもすでに必要な図版を通してある程度観て来たので、それらを参照して頂くことにして、ここでは重要な「光」についての前提の共有だけを目指すことにする。

またエリアーデの言葉を紹介することが本稿の目的でもないので、ややためらわれたのだが、これに関連して彼ほどの網羅性を以て文献を当たっている人もいないのでやはり避けがたいものがある。

(略)光はその存在様式自体からして「天地創造的」である。光が出現するまでは何物も「実在」し得ない。(それ故、後に見るように、グノーシス派やマニ教徒によって待望された宇宙絶滅を達成しうる唯一の道は、世界中に散乱した光の粒子を抽出し、最終的にはそれを超越的、無宇宙的「高み」に再吸収するという長い複雑な過程であった。)だが、発光の原理の創造力は鋭敏な知識人にとってのみ自明のことである。(略)

ミルチア・エリアーデ『オカルティズム・魔術・文化流行』第六章「霊、光、タネ」よりp. 173(楠正弘・池上良正訳 未来社)

この考察に価値があるとわれわれが考えるのは、異なったものであるはずの複数の光的な存在物・存在者が、それらに共通して存在する一定の性質を以て同じ名前で呼ばれてきたために、その事象そのものが文字通り「同じものである」と考えられ語られてきた面がありそうなこと、そしてその混乱によってわれわれが危機に遭遇しているにも関わらずそれに気付かずにいる可能性があること、すなわち一方の「光」のありかたについての(無条件的な)肯定的認識が果たして他方の「光」を信頼すべきものとわれわれが考えてしまう原因になってはいないか、という「潜在的な危険」へ、ひとの注意を喚起する必要を認めるからである。

光が良いものだという肯定的な認識は、神秘主義者でなくてもほとんど一般的通念であると言っても良いだろう。そして闇は否定されるべきものであるという不文律は光を肯定する精神と表裏一体になっている。暗い闇ではなく明るく照らされた世界を志向するほとんど宗教的と呼んでも良さそうな精神的傾向をわれわれの多くは持っている。したがって伝統的にある種の「精神主義」は、これまた光の肯定的側面についてのみ「光を当て」がちであった。そして、確かに光が無条件に肯定されるべきものと考えられる前提は、多くの宗教家や神秘家によって「疑いなく」共有されてきたかに見える。が、その本質のいくつかの検証を深めた後でも以前と同様の見解を維持できるかどうかはその理解の深度次第であり、また生命存在そのものに対する態度次第である。光という実在の多面性のすべてのアスペクトを理解しなければ、真の神秘に到達することも正しい「世界の認識」に到達することも出来ないのである。

光というものの絶対的で無視することのできない性質のひとつは、その<能動性: activity>にある。そして闇の特性とは<受動性: passivity>である。例えば光の世界と闇の世界が壁ひとつで隔てられていると想定して、その壁に穴が穿たれたとすると、光は闇の方に向かって射し込むのであり、闇が光の世界に流入することはできない。つまり、闇はつねに光の影響下に晒されようとしているのであり、光は全体を同じ性質のもので満たし、支配しようとする傾向がある。多くの人々が信じる光の肯定性とは裏腹に、光の性質というものは場面によってはきわめて暴力的で、抜きがたく一方的で、無慈悲でさえある。この光の性向は無視するにはあまりに重要なものである。

したがって、ここでは光が肯定さるべきもの(善)であり闇が否定さるべきもの(悪)であるという、万人にとっていかにも分かりやすく単純な「精神主義」を一旦完全に白紙にした上で、「三態」のそれぞれが持っている性質を改めて検討すべきなのである。

われわれが区別しなければならない光の「三態」とは以下の3つである。第一に「文明」を意味し「ひとの世界を暮らしやすいところにする」と言われ信じられてきた人類の行為としての「光」(地上的・日常的・世俗的・啓蒙的な光)。そして第二には神とも如来*ともキリストとも呼ばれ、また天上的・大洋的・宗教的な生命エネルギーとしても理解される「光」(神聖にして実存的・永遠的な光)である。そして第三に、天上と地上とを結びつけるために現実世界に出現する非日常的・超越的な「光」「光輝」。これらの3つである。第三の光は、「天上の意図」と「地上の出来事(地上的な希望)」とを一致させるために「この世(の上空)に来臨し輝くこの世ならぬ光」と言い換えてもよい。

* 阿弥陀如来(あみだにょらい、amitaabha)は、阿弥陀仏・阿弥陀などともいい、大乗仏教の如来のひとり。「アミターユス(amitaayus)/アミターバ(amitaabha)」を訳して、無量寿仏/無量光仏と呼ばれ、無明の現世をあまねく照らす光の仏とされる。(by Wikipedia)

そしてわれわれが問題にするのは、これら三種の光があたかもひとつのものとして(敢えて言えば「善なるものである」として)、無条件的・無反省的に同一視していやしないか、ということなのである。それらが相互に無関係であるというのではない。「同一のもの」と簡単に受け入れてしまって良いのか、という事が言いたいのである。

第一の光、すなわち地上的・歴史的な光の伝搬は、宗教家(キリスト教・仏教を問わず)による布教活動や人類の知への衝動(好奇心)とセットになっている以上、その点においては確かに「宗教」と無関係ではあり得ないのであるが、これは人為によるものである。ここでは「宗教」が独占的に扱い、神秘家や芸術家によって「記述」されてきた「この世ならぬ光」を便宜的に「宗教的な光」と呼んでいるのであるから、やはり第一と第二の光は(一旦は)区別されなければならないのである。だが、第二の光を体験によって感得しようと「聖なる実在への邂逅」を計ろうとする人間の衝動や、歴史的に行われてきた修行や実際の体験についての記述(表現)が多くの新たな神秘家を生産して来たこと、そして追随者による再体験・追体験の追求が第一の「地上的な光」の歴史とある種の共時的な一致を見せる面があることはひとつの特記事項ではあろう。

よく語られる地上的な光に関しては、それが文明の「明」に当たる部分、啓蒙(開盲)を意味する英語の“enlightenment”の中の「light」に当たる部分からも諒解できるように、人々を闇で盲しいた状態から「明るく照らされた状態」すなわち「ものの見える状態」へとあたかも高所から導くという「文明をもたらす側」の不遜な思い込みがあってこそ成り立っているものだ。だが、科学的思考や科学技術が、物理的にも「より明るい明かり」を造り出して地上を文字通り照らし出しているという事実とその合理的な思考法が西ヨーロッパからもたらされた事実は興味深い。地球の文明化された領域は、実際問題それ以外の諸地域よりも明るく照らし出されている。それは夜間の航空写真(図版1)によっても赤外線カメラによる地上の熱映像からも明らかである。文明は人類の心に目を与えたと同時に、物理的な光をももたらしている訳である。

そして、宗教家や神秘家が競って追求し、また記述して来た「神秘の聖なる光」(第二の光)への信仰は、地上的で人為に由来しながらも第一の光とは全く性格の相違する物理的な光(第三の光)の生産へと、人類を多いに掻き立て刺激して来たのであり、またその窮極的な結果としての超越的・非日常的な<光>さえも「粒子の抽出」によって最終的に獲得した。そしてその最終的で最も強烈な光の製造は、人間の貴賤を区別することなく、無差別に、平等に、「光の元に晒す」ことをほぼ理論上可能とした。

エリアーデの言うところの「光の分離」の多義的価値は、まさにこの事実を度外視しては意味をなさない。もう一度牽く。

われわれは原人の救助をモデルに形成されたアダムの救済物語を、改めて取り上げるつもりはない。しかし性的本能の魔性が、人間の起源をめぐるこの神話の論理的帰結であったことは言うまでもない。実際、性交、特に出産は悪である。なぜなら、それらは光の監禁状態を子孫の肉体の中にまで延長するからである。マニ教徒にとって、完全なる生とは不断の浄化、すなわち物質からの霊(光)の分離をいう。救済は物質からの光の決定的分離に対応し、つまるところ、世界の終焉に対応しているのである。

前出 第六章「霊、光、タネ」よりp. 176-177

ここで書かれている「光/霊」というものが、「異なる三つの光」をめぐるものであることは、既にわれわれにとっては明らかなのである。われわれは地上に縛られた第一の光によって天上の第二の光に近づく。そして第一の光の窮極的実在である第三の光の獲得は、われわれを等しく第二の光の世界に連れ戻すということなのであった。地に生き、生を愛するなら、われわれが「光」を峻別しなければならない理由がまさにそこにあるのである。

グノーシス説もマニ教も、世界は悪魔的な力、アルコンたち、あるいはその指導者である造物主(デミアージ)によって創造されたと考えた。この同じアルコンたちが後に人間を創造したのであるが、それは天から落ちた神的「閃光」である霊(プネウマ)を監禁するために他ならなかった。(略)救済とは本質的にこの神的天界的な「内なる人間」を救い出すことであり、彼をその生まれ故郷の「光」の国へ連れ戻すことを意味している。

前出 第六章「霊、光、タネ」よりp. 179-180

図版1(第一の光)

米軍の気象用DMSP衛星が撮影した「夜の地球」の写真。文明の分布図がそのまま実際の夜間の光で表されている。

引用先

図版2(第二の光)

三重県名張市・栄林寺の木造阿弥陀如来立像「慶長十四年(1609)八月彼岸堺の住人休味作之」

引用先

図版3(第三の光)

ICBMタイタンの打ち上げ実験。「第二の光」の到来を実現する「第一の光(文明)」の究極的作品。至上権象徴物。

参考:機能していない大陸間弾道弾(ICBM)を販売するオークションサイト(多分冗談)