Archive for the ‘Good/Bad Books Memo’ Category

「超・汎性欲論」でフロイトを再評価する

Thursday, June 30th, 2011

Twitterでのつぶやきを備忘録として転載。

箱崎総一氏の古典、『カバラ—ユダヤ神秘思想の系譜』を通読していて、ふと跳んだ考え。

フロイトが無意識という精神の未知な領域を発見したまでは良かったが、汎性欲論でその未知領域を総て説明できるとして、その線で自理論のまったき教義化を図ろうとした、というのがユングのフロイト評だとしよう。

だがユングの元型論も、それを突き詰めて行った先には、チベット密教の伝える男女神による宇宙的な媾合図のようなスケールの《性欲》がコスモスを充たしているという真相に行き当たらずには済まないのでは、という想像もある。だとすれば、これは言ってみれば「超・汎性欲論」なのである。

こういう批評が一巡した先の、フロイト再評価というものがあるのかもしれない。 つまりフロイトさえも気付かなかったかもしれないような個人や人類のレベルでない、宇宙的リビドー説。元の鞘に戻ろうとする物質と反物質の分離、ないし、宇宙的な《精神》と《物質》の婚姻。

ボードゲーム《電力会社: Power Grid》の大きな穴

Friday, June 24th, 2011

ゲームを着想し、カタチにしたFriedemann Friese氏にまず敬意を。

作品を世に問うたパイオニア精神は評価されるべきだろう。持ち上げて突き落とすみたいだが、たとえそれがゲームであれ、世に問うた限りは批判も受け付けなければいけない。3週連続でワイワイ実際に遊んでみて感じたボードゲーム『電力会社: Power Grid』の《穴》について書こう。

まず、大大前提から。このゲームには「電気を売って、ガンガン儲けて、目指すは金持ち、電力長者」というコピーが付けられている。実際にはここまで単純ではないが、このゲームの本質を言い得ている。正確には「一番多くの街に電力供給できた」経営者がゲームの勝利者だが、ゲームの「上がり」が一番儲けた参加者であることに違いはない。これが実はすでに過去の価値パラダイムに属した経営理念だ。「一番社会貢献をした企業が勝ち」とか「一番環境インパクトの少ない商業的成功が勝ち」とかという設定だって良いはずなんだが、やはり「一番多く売り上げた」、つまり「儲けた者が勝ち」なのだ。

(この「資本主義的現実」は、「現実」として受け入れなければならないとしても、その資本主義の論理が、永久には持続できず(戦争などのリセット劇を挿入しない限りは)どこかで行き詰まるという点では、近い将来その徹底的な敗北が約束されている論理だ、とか何とか色々言えるのだが、論点が外れるのでこの点については深入りしない。)

いずれにしても、この価値観はメガトレンド的に逆行している。つまり「一番儲けたのが勝ち」なら、極論的には何をしても良い、どんな社会的無責任も関係ないということである。これはゲームの前提としては《穴》が大きすぎる。

例えば、資本主義的経済が現実であるのなら、「原子力発電のコストが一番安い」というのは、もはやまったく現実味がない。原子力発電を選んだら絶対に避けて通れない廃炉の問題。万が一(と言うか、現実に進行中なのだが)、事故が起きた場合の補償の問題。などなど、加味し始めたら安いなんてことはあり得ないことが、現実には分かっているが、それはおそらくゲームが想定している「安い原発」という抽象的な観念の中には入っていない*。

* ファクトとしても、例えば日本では1基たりとも成功裡に廃炉までこぎ着けた原発は存在しないし、仮に元あった場所から原発を跡形もなく無くしたとしても、廃炉に伴って大量に発生する高レベル放射性物質の最終廃棄処理をする場所さえも決まっていないし、それによって生じる(取り返しのつかない)作業者の被曝についても想定されていない。つまり捨て場のない猛毒のゴミが、処分地もないままどんどんできていくという、「トイレのないマンション」と揶揄されるに値する現実に対して、コストどころか、現実的な解決策さえも見えていない。つまり、お金では買えないファクターが介在しているのだ、この「原子力発電所の処分」という問題には。

原子力は火力発電に置き換わると夢見られたらしいが、実のところウランは極めて埋蔵量が少ない希少な燃料であり石炭や石油よりも早く枯渇する。一方、通常の原発から出てくるプルトニウムを使った高速増殖炉は、まだ商業的運用に成功した例自体がこの地球上に存在しない。(ちなみに、このゲームを紹介してくれた川田十夢さんが「プルトニウム」とTV Brosで書いていたのは、おそらくウランのこと。)唯一未だにその道を探っている日本の《もんじゅ》も、動かすことも廃炉にすることもできない非常に危険な状態で止まったままである。それをごまかすためにプルサーマルなる全くデタラメな使用法(要するに、使い道のないプルトニウムをちょっとだけウラン燃料に混ぜる)を行い、原発の危険性と毒性を上げている。つまり「安いプルトニウム」が、どんなに無尽蔵にあっても、それを利用する手段さえわれわれはまだ持たないのだ。つまり、そんな燃料を使うことを前提としているゲームとは一体なんなのか、ということだ。

そして、もうひとつの《穴》は、自分が拡張した供給ネットワークを維持するのに必要な電力量より、実際供給できる電力供給量が下回った場合、単に「儲けが少なくなる」ということだけでいい、とされていることだ。これはにわかには受け入れがたいルールだと感じる。供給量が需要を下回った場合、現実的には大停電が起きる。拡張した以上は、絶対に供給を持続するというルールにしないと緊張感もなく、ゲームとしてつまらないではないか。供給できなかったらその街は他のプレイヤーの手に落ちるとか、街の工場から訴えられるとか、銀行に抵当として取り上げられるとかのペナルティは無いのか? これが無いのだ。基本的にペナルティがないゲームなのだ、《電力会社》は。現実社会では沢山ペナルティがあって、それを避けるために企業は戦々兢々としながら企業経営を続けているのに。

最後に言及したいゲームの《穴》は、現実の世界(というか日本)では電力会社は自由競争に曝されていない点である。国内では1地域に付き1業者(ヨーロッパは知らないが、アメリカもそう)というルールの中で会社経営が成されており、東電も東北電力も中部電力も関電も、競争相手など、「いない」のだ。だから、「一番低コストの発電方法」を追求する動機そのものが存在しない。どんなに電力が高くても、この業者から供給を受けるしかないのだ、われわれは。現実世界では、このゲームの提供するような緊張がない。現実ではこのゲームのような健康的な競争原理そのものが働いていない。ことによると、このゲームから現実の方が学ぶべき唯一の点は、このことに尽きるのかもしれない。(おっとこれはゲームじゃなくて現実に対する批評になってた。)

それでもこのゲームはゲームとしてはそれなりに面白い。頭も使い、計算も必要。しかし逆に言うと、「計算だけのゲーム」とも言える。所持金、発電所代、燃料代、街の建設費、収入という5つの数字の加減だけでゲームできる。リスクや事故などがない。人生ゲームやモノポリーにだって沢山アクシデントがあったような気がする(病気や遅刻で1回休み、とか借金とか)。足し算と引き算という会計士みたいなセンス、そして競りでブラフを使うセンスがあればこのゲームに勝てる可能性は高い。

オークションという不確実要素はあるが、罰ゲームカードを引くとか、骰を振る、というような偶然によって自分の運が変わるというゲーム性がこのゲームには薄い。現実の人生は運・不運の類が渾然一体となって折り重なっている。つまり、ゲームを現実に近づけるもっと大きな要素とは、チャンス(偶然)やアクシデントの要素である。

現実社会では風の吹かない週があり、需給バランス以外で起こる原油価格の暴落や高騰(などの権力者による操作)がある。CO2を下げよという「議定書」からの圧力があり、また環境圧力団体からの脱原発運動があり、さまざまな原因による「事象」がある。こうしたことが、それぞれの発電システムにふさわしい形で襲いかかってくるのが現実だ。だから、このような「チャンス/アクシデント」カードのようなものがあれば、このゲームはもっと面白くなるだろう(すでに難しいゲームのルールが堪え難い複雑さを呈するだろうが)。

このゲームはこうしたチャンス(偶然)の要素が無くても十分に複雑である。マニュアルが手放せない難しさだ。それをさらに難しくする方向だとは分かっているが、ゲームをやりながらもっと複雑にしたい誘惑は抗しがたいものがある。

したがって、大きなリバイズとアップグレードを必要とする余地のある、発展途上のゲームであるという評価は、やはり甘んじて受けねばなるまい。そのためには、ゲーム制作者は「一番儲けた者が上がり」などという愚かしい前提の克服から、まず始めなければならないのだ。

最後にこれを紹介してくれた川田十夢さんに感謝。

この投稿は 2011年6月24日 金曜日 01:09 に Good/Bad Books Memo, Other people’s blogs, Politics! カテゴリーに公開されました。 この投稿へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 コメントを残すか、ご自分のサイトからトラックバックすることができます。
コメント / トラックバック1件

《本》という愛すべき「インターフェース」について

Monday, May 10th, 2010

Books Photo: OSIRIS BOOKS

本がなくなるかもしれないことについて、自分はノスタルジックな理由で心配はしない。自分が読んでいる本、あるいは読み続けるだろう種類の本が、電子書籍の形でしか存在できなくなるということは、「ほとんどあり得ない」と愛でたくも信じているからだし、万が一すっかり電子媒体に置き換えられてしまったとしても、すでに本の形で持っているものを簡単に手放してしまうことは考えにくいことだからだ。それはLPなどのアナログ盤を現役の音盤ソースとして変わらず自宅に維持し続け、またMP3化の時代に入ったからと言ってこれまで買い求めたすべてのCDというインターフェースを捨て去るわけではないことを鑑みてもあり得ないことだからだ。

むしろ自分が真に心配するのは、電子媒体に置き換えられることによって、現在自分に有益と思われる本を提供している出版社自体が存続できなくなる可能性が高いこと、であり、彼らが存続できなくなったら、自分が読みたいような書籍は、今後いったいどこから供給されることになるのであろうか? 電子出版者がそういった種類の書籍を本当にデジタル化してくれるという保証はあるのか? そういう心配なのである。音楽もアナログからデジタルへと移行した時、結局デジタル盤として再発されなかった作品というものが存在することを考えれば、この心配は決して杞憂ではないだろう。

単にメディアが変わるだけで、内容は一切変わらないと言うならあまり心配もないが、メディアの変遷が提供されるべき内容の安定供給に影響を与えるということであれば、それは単なるノスタルジックな心配というレベルの問題ではないのである。

それに忘れてはいけないこととして、「紙の媒体の特性」が厳然と存在することだ。簡単に言えば、電子媒体と紙媒体とで比べたときにどちらが耐久性の面で優れているか、という点である。一体電気の供給が止まるというような「有事」の際に、どれだけの電子媒体が世代を超えて生き残ることができるのであろうか? もちろん、そういうときは飯を食うこともできなくなるから本の心配どころではないヨと言う御仁もいらっしゃるようだが、飢えて自分が死んでも本は残り続け、いつか誰かによって読まれる可能性はあるのである。この点がどうしても譲ることのできない紙媒体の優位性だと感じるのである。それを姿を変えたノスタルギア(懐古趣味)であると仰るなら、それはその方の自由であるが、偏った想像力であるというべきであろう。

電子媒体の優れたところはひとつしかない、ということを言った畏友がいる。確かに彼が言うように、その優位性は無視できないほどに大きなものである。“検索可能性”がそれであるが、電子媒体が現れる前だって、それなしになんとかやってきた実績が人類にはある。検索可能性とは、その情報に信頼性がある場合に限るが、何かを「一瞬で調べる」ためには便利だということである。Googleの検索サービスがどれだけわれわれの生活を便利にしているかを考えれば、ほぼ疑いのないことであるように見える。だが、それだけで媒体の価値や優位性が云々できるのであろうか?

ひとつには検索可能性がわれわれの想像力や思考力を助けるわけではないことがある。実は想像したり工夫したりしなくていい、要するに「努力しなくていい」という点で、われわれの生活に供するものであり、それ以上でも以下でもない。仮想的に外部記憶装置の助けを借りて「物知り(博識)」になることは、文献学や博物学など、ある種の学問にとって必要条件ではあるかもしれないが、優れて独創的な学問的成果をもたらすためにはならないのである。むしろこうした情報を外部記憶装置に放り込んで「いつでもアクセスできる」という状態は、われわれの記憶のための努力を怠らせ、記憶力をつかさどるある種の知的な「筋力」を細らせるのではないか?

つまり、自分の関心に引き寄せて言えばだが、ある種の「学問的な総合」とは自分の努力によって記憶したことについての、知の総力を掛けての《総合》であり、自分以外の誰か(あるいは何か)に記憶してもらって成し遂げるようなことではないのである。たとえば、われわれの敬愛するエリアーデの博覧強記が、単なる膨大な知識ではなく、ある種の《総合》を目指して収集されていった《必然性を帯びた知識の集成》であったことを思えば、諒解できることに違いない。

同じようなことが、真に独創的な科学的な発見について、広く言えるに違いない。自分の脳でない誰かに覚えてもらっている人間が何かその記憶から生み出すことができるだろうか?

さてこういう、難しい話を脇に置いておくとして、便利という点だけとっても、その検索可能性という便利さに負けず劣らず、《本》という媒体に備わっている特性とは、機動性(可動性)とアナログ的な身体感覚による情報へのアクセス性である。本や紙の厚みや重み、あるいはある特定情報の存在する位置感覚が、指の先で感じられ記憶される。こうした物理的・身体的な情報も、「名状しがたい内容」の一部なのである。

それは、電子媒体を利用したeBookの様なものがいくら「本らしさ」をシミュレートしても、そう容易に獲得できないだろう、本と人間の間にある皮膚感覚であり、誰もがそれまで意識していなかったが、これからわれわれが「大いに懐かしむ」ことになる、優れたインターフェース性ということなのである。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #2

Sunday, March 7th, 2010

Blake God

レーウの「神」に関する議論の続きを。

恣意によって苦しめられた者のみが、意志を発見する。太陽は、その気になれば、姿を隠し、光るのをやめることもできるのだと考えた古代のアニミズム的エジプト人は、太陽を永遠に昔ながらの正しい軌道から外れさせない、鉄のような運命の女神(デイケー)がいると信じたヘラクレイトスよりも、キリスト教の神概念に近い。盲目的な力や法則よりも、恣意的な神を信じる方がよい。最初によるべのない人間が、その生存の危機の中で、圧倒的な現実の背後に一個の人格的意思──それが呪うべき意思であるとしても──を想定するのでないならば、復讐の神も、正義をつかさどる神もまたわれらの主イエス・キリストの父なる神も考えられないのである。

人格神から唯一神への進展は、かなり速やかに起こる。しかし、有神論(Theismus)はやはりいつの時代にも一神論(Monotheismus)よりは重要であった。唯一の神のみがあるという理論的確信を許容する宗教は一つとしてなく、あるのはただ人間が仕えることのできるのは一個の力のみであるとの強い信仰を許容する宗教だけなのである。もし他の神々は存在しないと言われるならば、それはこの、われわれの神の他にいかなる神も存在しないという意味でである。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 132

われわれの世界が、全く機械論的で揺るぐことのないメカニカルな法則によってのみ突き動かされているという、言わば「神不在」の世界観に対しては、実に古い時代から、その是非を巡ってさまざまな考えが提出されてきたということだ。喩えてみれば、玉突きやドミノ倒しのような「原因と結果」という因果の連鎖があるだけ、という機械のような世界よりも、世界の現象が、《その者》の気まぐれであったとしても、《なにがし》かの意思によって、どうにでもなるのだということの方を信じたくなるほど、人類は自然の「恣意」によって苦しめられてきたということになる(らしい)。しかも、その苦しみは単なる偶然によってもたらされる苦しみであると考えるにはあまりにも大きい。したがって、それが同じ苦しみであっても、単なる不幸な「事故」ではなく、何らかの至高な意志者による、われわれの理性では計り知れない計画と意図を持った者(至上者)による「恩寵」であると考える方が楽なのである。その点では、“暗い哲学者”ヘラクレイトスの方が現今の無神論に近く、キリスト教の方がアニミズム的古代エジプト人に近いというわけだ。つまり神々とともに生きていたギリシア人の方が、いつでも奇跡が起こる神のいる世界ではなく、神不在の、遥かに冷厳な宿命論を受容していたとも解釈可能なのだ。

いずれにせよ、神がいるかいないかという議論に対し、人類は「いる」という回答──つまり「有神論」──を選ぶのを好み、そうした「有意志的な世界」(有神論)に対し、汎神論に向かう別の軸を想定する。

一神教か多神教かという議論については、単純な二項対立ではなく、つねに「他の神」という、半ば「客観的」な存在者へのアンチテーゼでしかなく、自分らが想定する神以外の「神々」が存在するという他者への強烈な意識が、かえって「仕える対象としての神」が唯一でなければならないという希望的な観測を裏付けている、ということになる。つまり、そこには意識的な「信仰」という選択が求められる。

さて、汎神論について言えば、「神がその名前を失うこと」とレーウが説明するような面が確かにある。エジプトの原始汎神論者は古い神の名「アトゥム」を「万神」と解釈したという。ゼウスはギリシアでは特定の(つまり「至上の」)神の固有名詞ではなくなり、例えば、エウリピデスがそうしたようにゼウス・自然法則・世界理性の三者間に区別がなく、同じ概念を表す言葉として恣意的に活用したという。またゲーテは絶対的力への信仰をこのように表現したという。

「私がそれ(神的なもの)をトルコ人のように百の名前で呼ぶとしても、まだ不足であり、そのあまりに際限のない特性に比べれば、まだ何も言わなかったに等しいであろう」。(page 135)

この言葉で思い出すのは、福音書における次の記述だ。「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるなば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」(ヨハネによる福音書 21. 24-25) ゲーテは神の名前について語っており、福音書家ヨハネは行為について語っているので関係ないとするならば、それは想像力の欠如である。行為の数だけ名前がある。そして名前の数だけ異なる行為があったのだ。この世界で起こったあらゆる奇跡的な出来事はすべて、イエスという「汎神」にその原因を求めることができる。イエスはヨハネ伝においては、神と人間をつなぐメッセンジャーであったというよりは、まさに絶対の至上者そのもの、すなわち汎神論的な意味での「神自身」、換言して、文明世界の隅々に浸透しわれわれの世界をかくあらしめる《絶対神》的な存在へと昇格しているのである。

それは神道を国家神道という形に変形し、天皇という至上者を想定し、それをあらゆる神(八百万の神々)のヒエラルヒーの頂点に座するものとしたのと比肩しうるかもしれない。つまり、この世で起こっているすべてが、この生ける神の意志次第になっている(いて欲しい)という概念は、ある意味、きわめて西洋的、いや、少なくともヨーロッパの宗教では馴染み深いものである、ということはできよう。

この回は、自分の至らない見解で締めくくるよりも、レーウの本書における最後の引用をそのまま引用して締めくくるのがいいだろう。そこにはイエスが自らを「アルファでありオメガである」と言ったその語り口(修辞法)の範型(元型)とも言うべきものが見いだされるのだ。そして、イエスが父と呼んだ存在、そしてその後の聖母信仰の範型とも言うべき、処女マリアの役割さえも、ひとつの神(ゼウス)が果たすのだ。これこそがヨーロッパのイメージした究極の汎神論的な神の姿なのであろう。

その(バガヴァッド・ギーターの)ほかに例えば、ギリシアのオルフェウス教でも、汎神論は全盛をきわめていた。「ゼウスは最初の者となり、ゼウスは最後の者となり……ゼウスは頭であり、ゼウスは胴体であり、ゼウスから万物が作り出される。ゼウスは大地と、星ちりばめられた天空のどだいである。ゼウスは男性として作られ、ゼウスはまた不死の乙女となった。ゼウスは万物の息であり、ゼウスは永遠の日野力であり、ゼウスは大地の根である。ゼウスは太陽であり月である。ゼウスは王であり……一切の存在の支配者である。

関連文書

《実在する神》への付言

“伝統”数秘学批判――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [7]“2”の時代〜「元型的月曜日」(後半)

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #1

Sunday, March 7th, 2010

Leeuw site image

Gerard van der Leeuw (1890-1950)

「多神教」対「一神教」という二項対立は、とりわけ自分の国を多神教国家だと思い込んでいる人々の多い日本においてよく耳目に触れることのある単純化された議論である。宗教の分類の一便宜として、神道(特に古神道)が、多神教的であることは否めない。私の見解では、むしろ日本の「多神教」は、汎神論に近い感覚だと思われるのだが、以上の便宜的分類は分類として一旦は諒解はできるとしておこう。だが、どこまでそれを精緻に検討した結果で述べているのか分からないが、「日本は多神教国家だから平和を愛し、近東や欧米は一神教国家だから闘争的だ」というような言説は、政治的に有効であってもおよそ学問的だとは言いがたい単純化である。その単純化のレベルは、何度も本サイトでも取り上げられているような「農耕民族」対「狩猟民族/遊牧民族」という悪質な単純化による、他民族の劣勢(ないし、それによって強化されたと思い込む幻想的な自民族の優勢)の理由付けにも等しい。

そもそも、日本の信仰が「神道」であるというおそろしく単純化された便宜を受け入れた上で、そして、それがさらに「伝統的に多神教的である」という前提の上で述べたとしても、そのために例えば戦争(闘争)を回避できたなどという歴史的な根拠はどこにもなく、日本が現今のように政治的に統一できたことひとつをとっても、そこには多大なる闘争と、その結果としての他部族(お家)の殲滅など、大いなる暴力と人的犠牲の上に成り立っているのである。

では、日本の信仰が仏教であるという、これまた恐ろしく単純化された方便を用いたとしても、本当に日本人が仏教的な生き方をしているのかと言えば、それまた疑わしい。もし古代日本が人間の組織としての仏教の宗団を自らの文化的よすがとして、そして支配の方法として持ち込んだのが本当だとしても、それが日本の平和に寄与したというようなことを信じる程、われわれはもはや純真(ナイーブ)ではあるまい。聖徳太子の時代に、大陸の哲学である仏教思想なるものがやってきたとき、むしろそれは非仏教的旧勢力との間で大いなる摩擦と軋轢、そして殺戮さえ引き起こす原因にさえなったのだ。それに今日でも見られる日本人が仏壇や先祖代々の墓の前で手を合わせる姿を観察しても、それは仏教への帰依というよりは、それ以前から存在する祖先崇拝の方が、いかなる日本の他の信仰よりも強いものであったことが明らかに思える。言うまでもなく、祖先崇拝はきわめて宗教的な現象であり、また宗教学の研究対象でもあるが、それはアフリカやオーストラリアの旧文化世界の生き残りの観察などに求めなくとも、すぐ周辺に存在する抜きがたい宗教感情なのである。それはほとんど、「霊的に支配されている」と言っても過言でないほどの強靭さを持った現象である。本当の意味で、仏教もキリスト教も日本を「教化」できなかった最大の原因は、この伝統を克服できなかったからではないか、それがもっとも強大な霊的影響ではないか、と思われるほど、特異で、また根強いのが祖先崇拝なのである。それは異教的な影響を残している地域を除いては、欧米や近東の広い地域において、いわゆるキリスト教信者、イスラム教信者、そしてユダヤ教徒たちが、「いかに祖先崇拝をしないか」という事実と比べても明らかであろう。彼らには祖先の前で手を合わせ礼拝するという習慣を遠い昔に捨てたか、そもそも持ち合わせていなかったようにさえ思われる。これについては別の研究が存在しよう。

一方、多神教か一神教かという議論に戻れば、われわれが知るところの「神道」なるものも、国家神道の例を挙げるまでもなく、厳密な意味での《多神教》であると言い切れない部分があろう。そこには少なくとも、ひとつのまとまった体系を持つ「より近代的な宗教」たろうとする政治的動機があり、また後代における歴史の捏造や改訂があり、天皇という名の生ける神による現世支配という構図があり、きわめて一神教的な志向性の強いものでもある。

このあたりの議論を深化するには多くの材料を持たないので、ここでは深入りしないでおこう。以下に、レーウによる論考の一部を掲載して、厳密な研究というものがどういうものであるのか、ということについての想像を働かしていきたいと考えるのである。

 『旧約聖書』の一神教でさえ、神々の数について論じているわけではなく、ほかの諸々の力を無としてしまう神と民との結びつきを強調しているのである。しかし、多神教が首尾一貫して展開されるならば、神と世界とが一つになる(A)という状況が生ずる。「全能」は万人どころか多数の人々にさえも与えられず、「全能」に留まる。多神教は何らかの体系ではなく、聖なる力の独立を維持しようとする宗教のダイナミックな運動である。この運動が失敗に終わると、多神教は汎神論に移行する(B)

 これに反して、一神教はおそよ多神教の論理的展開、一種の学問的ないしは道徳的単純化などというものではない。イスラエル宗教、イスラム教、キリスト教など真性の一神教の特質(エートス)は、ひとえに「誰が神のようでありうるか」ということに存する。[神の]単一性は多様性の否定ではなく、その力の強い意思の熱烈な確認なのである。この意志は人間の生活に深く関与しているので、人間は「汝さえあるならば、私は天にも地にも何も求めない」(「詩編」七三)と言わざるを得ない。だからこそ古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした(C)。こうして大きな葛藤が起こり、それによってキリスト教は初めて歴史の上でその場を与えられるに至った。それは諸国の勢力の特殊性を足場とし、しかもそれらを一つの皇帝権力の下に併合した「アウグストゥスの平和」(D)と、他方イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い(E)であった。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 129

enteeによる蛇足注解

(A) 神と世界とが一つになる

「神の世界と人間の地上世界が一つになる」という意味であろう。

(B) 多神教は汎神論に移行する

通常の感覚からすると、順序は逆のような気もするが、レーウ独特の論理があるのだ。

(C) 古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした

もっと厳密に言い換えれば、「ローマやその周辺の(ユダヤ教徒でない)非キリスト教信者たちは、キリスト教的な一神教を革命とみなした」というようなことであろう。キリスト教に先行するユダヤ教の信者が、それを革命と見たかどうかは分からない。

(D)「アウグストゥスの平和」

pax Augustusの日本語訳。伝統的にそれはそのまま「pax Romana」に置き換えられるほどの同義語。「pax Romana」が、「紀元前27年〜紀元180年のほぼ200年間続いた、軍事力による領土拡張も最小のレベルであった比較的平和な時代。アウグストゥス帝により打ち立てられた態勢であったため、アウグストゥスの平和と呼ばれることがある」とされている。Pax Romana (Wikipedia)

(E) イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い

イエスが望んだと思われる世界が、世俗国家による「神の国」の実現ではなく、超俗の思想であったことを改めて確認している。むしろ、統一帝国などというものの出現は、イエスの理想として世界像とは対立しており、かえって、その人間の組織としての国家と宗教に(そしてその宗団内部にさえ)対立(内紛)の萌芽があった。

図書館から借りた本

Saturday, July 4th, 2009

山崎正和:アメリカ一極体制をどう受け入れるか(中央公論新社)

アメリカ一極体制

読了:まず自分でお金を出して買うような本ではないが、読んでみた。なるほど「政府の御用学者」と揶揄されるのが理解できるような順米的な「思想」だった。それが現実的な生き残りの手法だと言うならまだ分かる。だが、ブッシュや小泉と一緒になって「テロ戦争」を戦うことを最善の国策だとさえ聞こえるような彼のその主張の根底にある「思想」がどのような根拠によって成り立っているのかは、最後まで分からなかった。テロが憎いというところまでは分かるが、それを防ぐ手法が彼の考えるような方法でいいのかどうかも全く分からなかった。「アメリカ一極体制をどう受け入れるか」ではなくて、「アメリカ一極体制はとにかく受け入れよう」というタイトルにすべきだったのにね。

「社交」というものの存在を、それを最大限に生かして生きて来た人間の経験から話されるのは初めてで、なるほどと思わせるものはあった。(あと、文章力もあり、頭のいい人であることもよく分かったな。)

唯一、面白いと思わせる箇所は、後の方に掲載されていた「近代デザインの来しかたと行く末」という短いエッセイであった。「必要があってデザインの歴史を勉強していたら出逢った」らしいが、海野弘の『モダン・デザイン全史』という本を絶賛している。ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリス、グロピウス、タウト、モンドリアン、ロイド・ライト、などに言い及ぶ。ライトの祖先がウェールズ人のドルイド教の血脈を持つとか、グロピウスが小さなフリーメーソン的な結社をつくりたいと願ってバウハウス運動が出来たとか、ライトの妻のオルギヴァンナがグルジェフの弟子であったとか、なかなか興味深い記述が、たった4ページ足らずのエッセイの中に出てくるのだ。

共同通信社憲法取材班(堤秀司・豊田祐基子):

「改憲」の系譜〜9条と日米同盟の現場(新潮社)

改憲

読了:こういう地味な事実の積み重ねによる近代史というのは、実にそれ自体が面白い。いつもながら自分の知らないことの多さに驚かされる。それにしてもここで使われている「日米同盟」という言葉自体が、そんな昔から使われていたものではなくて、ここ十何年という短いスパンで起こりつつある、合州国一辺倒の日本の外交政策の傾向を表すものであり、そもそも安保条約だって「日米同盟」とは呼ばれるものではなかった、というあたりは何度も思い出す必要のあることだろう。

大の大人が、「アメリカとの外交」という直接の付き合いを始めた途端に従順になってしまう歴代の総理大臣の変節を見るにつけ、どんな「実力的な脅し」を彼らが受けて来たのかということに興味が湧く。「東京が火の海になる」というようなことを口でも言って、しかも実行できるのは、案外太平洋の向こうの大親分だけかもしれない。いや、火の海にする実行部隊は半島にいて、それにお墨付きを与えるのが大親分なのか?

森達也:世界が完全に思考停止する前に(角川書店)

思考停止

読了(07.08):彼の文章が読ませるものであるとは言わないが、彼のドキュメンタリーの着想には本当に驚かされる。それが実現するのかどうかは分からないが、「次の被写体は誰ですか」という質問に対して、「今上天皇です」と答えていた、という「今上天皇の内なる葛藤」という章は、自分にとってはとてつもなく新しい情報だった。今の天皇がそんなに悩める天皇であったなどということは、普通にメディアの伝えることからだけでは分からない。しかし、森達也は今上天皇に対して、大いなるシンパシーの眼差しを向けていたのであった。このことは知らなかったぞ。

丸山健二:田舎暮らしに殺されない法(朝日新聞出版)

田舎暮らし

読了(07.10):他の本と併読しながら拾い読みしていたら、終わってしまった。丸山氏自身が、田舎暮らしを実践していて半端じゃないサバイバルをしていることはツレの解説などから分かった。そして、誇張はあるにせよ、田舎暮らしの厳しさがそうした経験から来るものであるのも了解できた。これから「気楽な田舎暮らしをしよう」という人にとっては大きな警鐘となるであろう。しかし、彼の伝えたいことの主旨は「田舎暮らしは大変だ」ということではない。「われわれ文明人は、(田舎暮らし出来るほど)自立していない」ということである。まったくもってその通りだと思う。だが、「自立した人間」というものがどういう人間であるのか、というイメージ提供は最後までないし、日々の9割を庭作りに費やし、のこりの1割で創作(文筆)活動をするという丸山氏自身が、本当に「自立した人間」であるのかも、最後まで分からなかった。とにかくあそこまで断定できるのであれば、相当な人物なのだろうなあ、ということくらいである。

飯沼賢司:八幡神とはなにか(角川選書)

途中

藤原俊六郎:堆肥のつくり方・使い方〜原理から実際まで(農文協)

拾い読み

日本へ贈られた「佐藤優」という恩寵

Wednesday, June 10th, 2009

佐藤優『獄中記』(岩波現代文庫)を読む

(書きかけ)

獄中記表紙

自分の趣味を豊かにしたり世界観の補強をしたりできる、いわゆるタメになる本、あるいは読んでいる間は面白く感じるが、記憶に留まらない本、というのは数多いが、一生の内で本当に影響を受けて折に触れて思い出すだろう本というのは、そう数あるわけではないと思う。この本は、おそらく今後も折々に紐解かれるだろうし、これから読み進むことになるある「特定分野」の本へのアプローチの端緒という位置付けの本として何度も言及されることになるだろうと予期している。

読み終えて、この本に手を伸ばし購入して家に持ち帰った自分の幸運を喜んでいる。

著者の佐藤優(さとうまさる)は、今や週刊誌や新聞に連載を持つような売れっ子「作家」である。今でもそうなのかは分からぬが、肩書きは「起訴休職外務事務官(元主任分析官)」というらしい。「ノンキャリア」(専門職採用)であっても、ロシア駐在もした外務省の情報分析局におけるそれなりのエリートであり、まさに諜報エージェントとして辣腕を振るったことのある人物である。その能力をロシアとの関係正常化に大きく動いていた衆議院議員・鈴木宗男に「買われていた」わけである。

有罪判決を受けた外務官僚の一人であったという理由で、彼を評価の対象外に置こうとする人もいるかもしれない。鈴木宗男が政治家である以上、ロクなもんじゃないと正統に評価することを拒むのと同じ物差しを以て、判断停止をするのである。佐藤優がどんな肩書きや思想的背景を持っていても、結局はいわゆる「体制側の人間」であろうという一点で、肯定的評価を下すことは出来ないと言う人もいた。あるいは彼が政治的すぎるという理由で避けて通ろうとする人もいるに違いない。

自分が佐藤優という人について初めて関心を抱いたのは、彼がまさに検察に逮捕される直前のテレビ映像を通してであった。すでに鈴木宗男の逮捕は時間の問題だった。追い込まれていた彼らの映像のうち、記者にもみくちゃにされてどこかに向かう佐藤氏の姿が映ったとき(今の姿よりもずっとやせていたような記憶があるが)、その顔を見て瞬間的かつ直感的に感じたのは、この男は何らの疚しいことをしていないばかりか、嘘をつく人間には見えなかったことだ。もし彼が政治犯や思想犯としてではなく、「偽計業務妨害」という程度の低い刑事事件として起訴されたというのであれば、彼はおそらく「ハメられた」のであり、マスコミが彼のことを悪く書くのであれば、真相は全くその反対で、彼の未だ聞こえて来ない主張にこそ理があるのではないか、だがいずれその理が証されるのではないか、ということであった。

スタートからして彼に対してある種の共感(エンパシー)があったので、すでに自分は彼についての公平な判定者ではないのかもしれない。(だがそれがどうだというのだろう。)その当時周囲のやかましい声に掻き消されていたのだが、いよいよ東京拘置所から出て来た佐藤氏の「未だ聞こえて来ない主張」を、まさにゆっくり聴かせてもらう時がやって来たのだ。それがこの岩波現代文庫の『獄中記』だった。

チェコのプロテスタント神学者フロマートカ、20世紀最大のプロテスタント神学者カール・バルト、戦時下、治安維持法で特高によって捕まった和田洋一について言及される序文、獄(拘置所)に入ってからすぐに始まる精力的な読書と執筆活動。ヘーゲルとの本格対峙。

学問を志していた神学生が、フロマートカ等のチェコの神学の研究を続けようとして外務省に行くが、そこでロシア担当となって、逮捕起訴されると言う前段のキャリアの端緒を作る。

国家が国策としてポスト冷戦後の外交政策の転換のために排除される道具としての政治家、そして官僚。

だが、「運の悪さ」から逮捕、起訴されて、東京拘置所に512日に渡って拘留される。だがその不条理を彼は「理解」し、受け入れ、そうした陥穽に至った自分という人間の有り様について、深く省察する。

結局、国家権力は、佐藤氏をつまらない犯罪者として裁くことで国策の向かう方向へと国を動かしているつもりで、行なったのは「佐藤優」という手強い論客と思想的作家をひとりこしらえただけだったのだ。反知性的な空気が充満するこのところの日本において、佐藤優を世に送り出したのは、国家のなし得た快挙である。(宗教臭くなるが)ここには世界に神の関与の余地があることに思いを致す何かがあるようにさえ感じるのだ(考えてみれば、佐藤氏自身はプロテスタントのクリスチャンなのだ)。

■■■

参考拙論:米追従外交 vs. 非米多元化外交という対立軸で解明できる鈴木宗男事件

Also Sprach Tatsurustra! 2007-08-30

読書録:J・H・ブルック著『科学と宗教』

Thursday, March 12th, 2009

読書録:J・H・ブルック著『科学と宗教〜合理的自然観のパラドックス』田中靖夫訳(工作舎)を読む。

Brooke book cover

慧眼な読者は別のことにも気づかれることだろう。ビュフォンの連続する七つの年代と創世記の連続する七日との驚くべきアナロジー。反神学的でありながら、ビュフォンの視点には宗教思想の残映が認められる。彼の批判は科学と宗教が通約不能であるとする点で正鵠を突いていたが、相同性を利用したのはビュフォンの方なのである。

これは、何となく面白いと思ったので(と、言うより、今に重要な意味合いをもつことになりそうな根拠無き直感を得たので)引用しておいた。別段、ここでこの記述について論じようなどというわけではない。

さて、前回取り上げた『中世の覚醒』が12世紀以降の2,3百年の間に生じたアリストテレス哲学の自然観とキリスト教の宗教観の間の緊張感を描いた労作だとしたら、これは、科学と宗教が互いに対立・否定し合って発展したのではなくて、実はそれぞれが「互恵的」な関係の中で、つまり「たがいに助け合って発展した」のだという、一見驚くべき西欧の精神史をさらに長いスパンで追いかけた書物であると言えるだろう。

文章自体は訳文の若干の癖に加えて、内容の難しさも相まってなかなか頭に入って来ないところがあって読み進むのが難しかったが、『中世の覚醒』を読んだ頭で読んでいるので、科学と「人間の組織としての宗教」が互恵的であったということが、多くの証拠に基づいて論証されたのはよく分かった。内容的には実に価値が高いのだ。

こういう比較は得てして意味をなさないものと知りつつ言うなら、こうした歴史についての論述に対して、単なる興味以上の意味を見出そうとして取り上げるなら『中世の覚醒』は、非常にお薦めなのである。ひとつは、中世の覚醒の著者が、現代社会の問題なども考える思想家/活動家であるために行間に滲み出て来るうったえがある点で、こうした考察が現代社会の在り方を考える契機になるというのがよく伝わって来るからである。一方、この『科学と宗教』の方は、純粋に学術的なもので、ある種の学術的論争に対する備えとして厳密な議論を目指したという感じがある。

だが、こうした比較はやはりナンセンスであって、互いに持たないものを備えている点で、やはり「互恵的」なものなのである。

ニュートンに関する記述:

ケンブリッジ時代のある危機的な時期、彼は聖職の管理者から命じられた道義的な要求を甘受しなければならなかった。トリニティのフェローの地位を維持するためには、慣例に従い、聖職に就くより他になかったのである。それは国教会の定める三九か条に宣誓することを意味したが、彼の良心はそれを許さなかった。キリストが神聖を持ち、父とともに永遠であるという教義をすでに拒否していたからだ。(page 152「機械論的な宇宙における神の活動」より)

この苦悩というのは今を生きるわれわれの苦悩に似ている。

空間は、すべてを知って感じとる神、その下僕が叛くときを知っている神、彼自身が教会で林檎をつまみ食いしたり、安息日にネズミ捕りをこしらえたり、ケンブリッジ時代のルームメートにシラミのことで嘘をついたりしたこと、そのすべてを知っている神で満ちている、とニュートンは考えた。神の存在に関する強迫的な感覚は、彼が遺児であったことに由来すると心理学的には分析されてきた。俗界の父親を知らずに育った彼は、あらゆる絶対性が賦与された代替物を天上に見つけた、というのである。(page 153「機械論的な宇宙における神の活動」より)

ニュートンが遺児であったことは、初めて耳目にすることであった。基本的に自分は心理分析というものに信頼を置かないが、この記述にはある個人的な理由で関心を抱かざるを得ない。備忘録としてここに書く。

フランスの後世の世俗学者からすれば、ニュートンの宗教心は、要するに病気とされた。今日でも、古典力学の基礎を築いたほどの人物が、聖書の預言や宗教的な錬金術に凝っていたことは驚きの的になっている。歴史研究においても、特異体質でないとすれば前時代的としか言いようのない偏見を彼が持っていたのは事実である。例えば、異教の文明がユダヤ文明に先行したなどとは到底考えたくなかった彼は、ギリシア、ラテン、エジプト、ペルシアの年代記作者たちが「その初代の王たちを事実よりも少し古めかしている」と論じた。しかし、ニュートンは支離滅裂だったわけではない。彼の科学の特徴とされる合理主義は、聖書研究において欠如したどころか十分に発揮された。自然を解釈する規則を設定したのと同じ精神で聖書を正しく解釈しようとしたのである。崇高なる自負を持っていた彼は、確実な真理に到達することにより、自然哲学と聖書解釈の双方において、議論の余地をなくそうとした。(page 166「機械論的な宇宙における神の活動」より)

一八世紀はじめのイングランドにおける政治状況は、フランスと対照的(ママ)である。1689年の寛容令のもとで、国教会の三十九信仰箇条への署名などの条件を満たしさえすれば非国教徒にも宗教の自由を保証したからである。それでも不満の余地がなかったわけではない。非国教徒は宣誓令と地方自治体法によって教職に就くことが禁じられていた点で依然差別されていた。さらに急進的な非国教徒であるソッツィーニ教徒(キリストの神性を否定する)などは、良心ゆえに三九信仰箇条に署名できなかった。また、反プロテスタント勢力まで寛容政策を広げるのは、ローマ・カトリック教徒や無心論者をのさばらせるとして忌避された。(page 185「啓蒙時代の科学と宗教」より)

この「三九信仰箇条」について現在ネットで内容が読める。

英国国教会・三十九信仰箇条

英国国教会公式サイトに掲げられる「三十九信仰箇条:Thirty-Nine Articles of Faith」

他ならぬローマ・カトリックに対抗する英国国教会の宣誓文が「39か条」であったことについては、その象徴的な意味合いに思いを馳せないでいることはできない。

チャールズ・ダーウィンは、自らの生命観には壮大さがあると宣言して『種の起原』(1859)を締め括った。生命の力がいくつか、あるいはたったひとつの形態に「吹き込まれた」単純な始まりから、この上なく美しく、驚くべき生命体が進化してきたと。旧約聖書の喩えを用いたことや、「創造主によって物質に刻印された法則」に言及したことから、彼の結論に聖書風の宗教さながらの意義や価値観を読み取ることは可能である。彼の私信によると、そんなつもりはなかったらしい。植物学者のJ・D・フッカーに打ち明けたところでは、「何らかの道のプロセスによって出現した」ことの表現として、想像に関する聖書の言い回しを使って一般大衆に媚びたことをずっと後悔していたという。(page 300「進化論と宗教的信念」より)

読書録:チャード・E・ルーベンスタイン『中世の覚醒〜アリストテレスの再発見から知の革命へ』

Sunday, March 8th, 2009

中世の覚醒画像

昨年末からずっと追いかけているヨーロッパ中世史。サブジェクト次第で、該当時代のレンジが変わってしまう「中世」という言い方もそうとう曖昧だが、いわゆるキリスト教発祥の前後辺りから、例の「12世紀ルネサンス」までの間の精神史にはまっている、と言い換えられる。

この神話は多くの文化に共通するもので、ある特定の文明は他の文明から何一つ借用したり押しつけられたりしてはおらず、独自の源泉から独自に発展したという観念である。「われわれの」文化は正真正銘自前のものだが、「彼らの」文化は派生ないし模倣したものに過ぎないと──その国籍にかかわらず──偏狭な愛国者は主張する。他のあらゆる伝統的文化に対する西欧文化の優越を確立したいと望むものたちにとって、ヨーロッパが初めて経験した知的革命の物語は、当惑を禁じ得ないものなのだ。(page 24)

現下の厳しい世の中の状況は、毎日の生活の中で相当メンタルな疲労を強いるものだが、この歴史世界に遊んでいる間は、知的興奮で一時苦痛を忘れる。現実逃避が目的ではないが、結果的に「逃避」できている。余りにも長く続くストレスに、われわれは耐えることができないのだ。それくらいの息抜きは許されるだろう。

読む片先から忘れて行く自分の記憶だが、忘れぬうちにメモを取っておく。

リチャード・E・ルーベンスタイン『中世の覚醒〜アリストテレスの再発見から知の革命へ』小沢千重子訳(紀伊国屋書店)☆☆☆☆☆

1000年近くも西ヨーロッパから姿を消していたアリストテレスの著作を、アラビア語翻訳を通して出会ってしまった「キリスト教化されたヨーロッパ」が再び出逢う。このときに生じるキリスト教神学と(先を行っていた)古代ギリシアの哲学との間の緊張。

長いイスラム教支配から脱したばかりの12世紀のスペインに於いて発見された、古代の著作との西欧人たちの出会いを、ルーベンスタインはアーサー・クラーク=S・キューブリックの『2001年宇宙の旅』における、20世紀末の科学者たちの巨大黒石板(モノリス)との出会いの衝撃のようなものだったという比喩を用いて説明する。この喩えの的確さは、あたかも月面下に埋められていたモノリスが、然るべき時(人類のような存在の出現)が来たら、然るべき知的存在によって発見されることを意図して用意された、知的生命体による「便宜」であったかのごとく、然るべき成熟を果たそうとしていた西欧世界のさらなる知的暴走の起爆剤として働く点で、注目すべきである。

あまりの面白さに2度立て続けに読んでしまった。

われわれは、ピエール・アベラールの名前とその破天荒な行状を知り、その敵対者(クレルヴォーの)ベルナールとの闘争の話を聞いた。また修道士アンリの大胆な行動や、そもそも異端的で教会の腐敗に批判的であった、伝説も多い、かのアッシジの聖フランチェスコが、後にカトリックの中枢に人材を送り込み、多大な影響を与えることになるフランチェスコ会の「宗祖」そのひとであったという事実に驚き、そしてロジャー・ベーコンやトマス・アクィナスの名前に親しみ、オッカムの吐いたと言われる(あの)金言を牽き、マイスター・エックハルトの死を賭した弁明に心を動かされる。

だが、これらの出来事はすべて、「コペルニクスの著作がローマ・カトリック教会の禁書目録に載せられ、ジョルダーノ・ブルーノが火刑に処せられ、ガリレイが異端審問官に迫害され」る時代の前に起きたこと(つまり、ほとんどが13-14世紀の出来事)であり、そしてそれはとりもなおさず、キリスト教の神学に関わるきわめて「狭い世間」の話でもあった。それにしても、ヨーロッパの中世を「暗黒の中世」と評することの、何と一面的で紋切り型な認識だろう。いわゆる《ルネサンス》やその後の産業革命などを引き起こす以前の西ヨーロッパとは、すでに水面下ではそう言った一切の準備を、激しく知的操作を行ないながら準備していたのだ。

もう一つ忘れてはならないのは、結局、われわれの知るヨーロッパ中世の知的巨人と目される著名人たちは、ほぼすべて真性のキリスト教徒であって(異端と名指しされたとしても)、もっと正確に言えば、キリスト教会の紛うこと無きインサイダーであって、つまりは神学者だった。彼らの知的好奇心は極めて高かったので、手に入れた古代ギリシアの哲学を無視することは出来ない。結果的に、彼らは自分たちのキリスト教的世界観と、1000年近い時間を経て再発見された知的財産の間の、見かけ上の差異や矛盾にどう対峙し、如何にしてそれを「解決」し、つじつまを合わせるのか、ということを真剣に考え、論じるようになる。そこでは「神学論争史」とも呼ぶべき、膨大な精神的闘争の連鎖が欧州で起こる。

カタリ派なるキリスト教異端派が、南仏辺りで勢力を増した時期に、ドミニコ会などが力を付けたのも、改革への反動であったのみならず、知識や弁論によってイデオロギー上の論争を勝ち伸びなければならなかったカトリック側の生き残りを賭けた真剣勝負の一端だった。こうした文脈の中で、カタリ派を外から捉えた視点でものを観てみるのも興味深い(そもそもカタリ派へのシンパである自分は、カタリ派を迫害する側のカトリックの理屈というものに後からアクセスしたのであった)。

《知》と《信仰》の間に横たわると言われる隔たりについて

Thursday, February 5th, 2009

2009.2.2のメモから

「知の限界」という問題意識は、その後の正統多数派キリスト教会で、グノーシス派の思想が異端派の馬鹿馬鹿しい空想としてまるごと排斥されてしまうため、表だって生産的な形で継承されることはなかった。言い換えれば、「信仰」と「知」が機械的に二者択一的なものとされてしまい、時代は暗黒の中世*に入っていく。(筒井賢治著『グノーシス――古代キリスト教の“異端思想”』p. 214 「結びと結論」より

gnosis

正統派の言う「信仰」の対象…

グノーシス派の指し示そうとした「知」…

これらのヴェクトルが別方向に伸びていったというのが紀元2世紀に起きた最初の悲劇だ。筒井氏のこの「まとめ」ほど簡潔に信仰と知の「対決」の起源を言い切った言葉はないのではなかろうか?

そも、グノーシス派の指し示そうとした「知」とは、何についての知であるのか? この「知」に関する具体的内容は、本書では深く言及されない。せいぜい神話に繰り返し出てくるところの、「罰せられるべき好奇心」についての思わせぶりな言及に留まる。新書のようなこの紙面でそれ以上深く分け入るのはおそらく不可能であろう。

繰り返そう。そも、グノーシス派の指し示そうとした「知」とは、何についての知であるのか? それは超歴史的世界観への観想であって、その事実性への確信である。その確信が「好奇心としての知」の相対性、そして何よりも明らかな危険性を規定したのであり、その「危険性への認識」が「信じること:信仰」の端緒を成した。

だが、現在、「知」は「信仰」への反意語に過ぎず、「信仰」は「知」の限界をして「それ見たことか」と勝ち誇ったように指弾し、《知》を否定する自我として機能するに至っている。一方、「知」は「信仰」の科学的厳密さを欠く不完全さを以て耳を貸すに値しないものとして無視する。だが、これほどの悲喜劇があろうか。

本来、《知》が信仰することの理由を明らかにし、《信仰》が危ない好奇心(知)を戒めるための制動装置(ブレーキ)として機能したにも関わらず、そしてあらゆる終末論を唱える宗教的なるものの本源が、この危機への認識、すなわち、われわれの祖先の最も古い《知》まで遡るものであるにも関わらず…

いまや、それらは相互に否定し合い、軽蔑し合うことで、それぞれが最も離れた方向へと、制御できぬ彼方へと、引き離されていこうとしているのだ。

ここで何度でも反芻されなければならないことは、あらゆる宗教は、古代の人類の引き起こした大災厄からの学びを反映している、という一点である。そしてわれわれにとっての古代とは、われわれにとっての近々の未来と瓜二つであるということである。

もうひとつ明らかにしなければならないことは、「知」は知でも、災厄を引き起こす「好奇心としての知」と、他でもない人類の手によって引き起こされた災厄についての記憶としての《知》のふたつが、区別なく同じ「知」という言葉で伝えられていることである。だが、そのどちらも人間の好奇心によって維持されているという点においては、そして、記憶を伝えようとする使命を帯びた《知》が、宗教のドグマ(教義)化された時に、結局、預言の自己成就性をまさに発揮して、その《知》が知るところの知識が、またしても人類を滅ぼすような性質のものに反転する逆説にさえなるということである。

一方、信仰の方は、信じるか否かというレベルの問題ではなくて、実際にあったことを体験として知っている、という段階から、(われわれにとっての「ヒロシマとナガサキに原爆が落とされた」という事実と同じく)自分の親や祖先たちが知っていたという段階への移行、そして、記憶が薄れるにつれ、「信じなければならない本当にあった話」という段階を経て、「無条件に信仰しなければならない話」と変質するのだ。だが伝えられるべき内容が重大であるほど、それは無条件に受け入れなければならないもの、すなわち信仰の対象となる。この点で、本来の信仰というものが、いかほど《知》と隔てられたものであろうか? いささかの違いもないのである。

(more…)