Archive for March, 2010

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #4

Friday, March 26th, 2010


第二の種類の聖なる行為で、多くの宗教できわめて重要な役割を演じているのは、供犠である。ここでは、浄めの場合のように、力との接触を持ったり、断ったりすることだけが問題なのではない。供犠はさらに進んで、多くの場合、人間に直接に力、神的力を所有させる。(中略)

 頻繁に用いられる説明は、神が私にお返しをしてくれるよう、私は神に犠牲を捧げるという、ギブ・アンド・テイクの考え方による説明であり、供犠は贈り物とお返しの体系をなすことになる。多くの供犠が、これやこれと似た考え方から説明できるのは、全く自明のことである。しかし、ギブ・アンド・テイクの公式が、供犠一般の心理学的根拠を説明できるわけではない。(中略)これを一般的で本来的な動機として持ち出すことはできない。供犠が本来は打算以外の何ものでもないとすれば、最も初期の諸宗教現象は何ら宗教ではないであろうとジェヴォンス[1858-1936、イギリスの宗教学者]が言ったのは、全く正しい。(中略)

 誰かに何かを与えることは、未開人の思惟では、われわれにとってとは別のことを意味する。贈り物は、それをもらった人をただ好意的な気分にさせるだけではなく、呪術的な意味でその人に「働きかける」。考え方や言葉と同じく、贈り物にも強制力があるわけである。(中略) 贈り物、供犠は「力」の給付である。多くのマナを持っている王が、そのことを示しており、王は多くの贈り物をすることで、それを証明する。(中略) 何かを振る舞うことは、力を流動化することを意味する。供犠と金銭(Geld)は、その起源でつながっている。古代高地ドイツ語で供犠という単語は「ゲルト」(gelt)であった。金銭は供犠の供物として、神聖な起源を持っているのである。未開人の贈与から、一方では神聖な活動である供犠が、他方では世俗的な活動である商業や金融業が発達した。贈り物に「価値がある」(gilt)とは、力を呼び起こすという意味である。北アメリカの「ポトラッチ」のような風習、つまり互いに競って一見無意味な浪費をし、価値あるものを破壊することもここに由来する。

「神と人間──聖なる行為──」(の章)より、「A 外的な行為」の「26. 浄化、供犠、聖餐」より(page 201-203)

 

浄化と供犠が同列に論じられる場面とはそもそもどういう場面だろう。犠の字面からも想像できるが、「供犠」には生き物の血が流されることが多く、それはむしろ土地を血で汚す事態であるとさえ言えるのであるが、ここにも典型的な「反対物の一致」の範型が見出されるのである。血を汚れたものと考えるのは、流される血が身内(仲間)のものなのか、身内外のものなのかなどの視点の遷移によっても自在に変わり得る。また、血を流す目的によってもそれに賦与される価値観は多様であり得る。

 

また血を誰が流させるのか、誰が供犠として「生きていた者」を死者として神の元に「帰す」のかによっても、その流される血の性質は変わる。供犠の供物として選ばれるのが、世界を不浄のものにしている邪悪で俗なる存在であれば、それを殺害し、供物として神の元に「帰す」のは善なる行為と本人たちによって位置づけられるであろうし、その血によってこれまでの罪過は購(あがな)われ、打ち消されさえするであろう。そのような「血」であれば、この血に「浄化する力」があると理解されても不思議はない。

 

だが、レーウ自身も強調するように、「浄化」という言葉の、われわれが連想しやすい表面的な部分に捕らえられてはならないという面も同時に存在するのである。浄化は、すなわち旧い世界の更新、そして新たなものを生み出すための儀礼的な動作でもあり、「モノや場が祓われてきれいになる」ということとは別次元の意味があるのである。もっと具体的には、邪悪なものがこの世から一掃されるという事態は、「世界が浄化された」と捉えられたとしても何の不思議はない。つまり敵の血は不浄のものであると同時に、それが流される時は世界を浄化する契機となる両義性を持つのである。

 

われわれの生きる現代という時代においても、このような「供犠」が実際に行われたことは記憶に新しい。それはきわめて宗教的な用語——ホロコースト——で呼ばれているジェノサイドである。それが「世界の浄化」というような位置づけと規模とを以て行われようとしたことは特筆すべきであり、それが宗教的な儀式の体を成していそうな側面について、われわれはもっと注意を向けても良いだろう。むろん、この用語の定着が比較的最近のことであり、またシリーズ『ホロコースト』のようなテレビ作品がその役割を担ったことは疑いがないものの、その後それが特定の歴史的事象を表す固有名詞として定着したこと自体が、件の事件をそのように捉えようとする事前の心理が働いていることは少なくとも認めることができよう。

 

ご存知のように、その規模や組織性については未だ諸説あり、その歴史的事実を巡ってさえ未だにその真相が解明されていない面があるという主張もあるそうだが、本論において、こうした政治的な動機に突き動かされた恣意的な歴史決定に関して、われわれは口を挟むべき意見を持たない。だが、第二次ヨーロッパ大戦の最中に行われたユダヤ人の大量虐殺が、現在、「丸焼きの供物」を意味する「ホロコースト」と呼びならわされていることには注目しても良いだろう。つまり、この歴史的な大規模弾圧/殺戮を「燔祭の供物」と捉えようとする考え方があるということだ。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #3

Tuesday, March 23rd, 2010
浄めは、非常にしばしばある時期から次の時期への移行に当たり、境目をなす危機的な時点で、通過儀礼として行われる。その際、前の時期の「汚れ」(ここでも、われわれの公共的清掃事業の意味ではない)は、すべて祓われなければならない。ローマで、国家の力の中心であるヴェスタ神殿が年に一度浄められた時には、危険が空気中に漂っていると言われた。浄めをする日は、「俗的行為禁止の日」(dies nefasti)、つまり不幸の日とみなされた。汚れは慎重に隠されたのであるが、それは神殿の汚れのみならず、一年間の国家の汚れにも及んだ。(中略) 季節や年の交替は、大掛かりな浄めを伴う。見たところ──少なくとも多くの人々の目には──何か災いに満ちた聖、不幸という性格の一部が、浄めの概念の中に残存しているように思われる。「神と人間──聖なる行為──」(の章)より、「A 外的な行為」の「26. 浄化、供犠、聖餐」より(page 199)

レーウの文章から、自分の「周回する浄化儀礼」や「オメガ祖型」の理論に支持を与えるような記述を見いだすことになるとは予期していなかったが、ついにそうした記述に遭遇することになった。

ひとつの時期から次の時期への移行期に「浄め」が行われるというのは、ここに書かれているように、世界中の広いエリアで観察されるのは確かな事実のようだ。オメガ祖型のいくつかの例を挙げるにあたって、筆者はかつて、日本の伝統的正月飾りの一つであるところの門松(かどまつ)や、とりわけ茶道の歳暮の時期に使われるらしい特別な茶器、「暦茶碗」などを取り上げて論じたことがあったが、まさに周回する時間の中でも、われわれに身近な「1年」という周期における一巡の時期、すなわち「年末年始」という次の周回へと移行していく「時の狭間」に《Ω》の形状を連想させるモノが出現し、そもそも大きな周回であるところの《Ω状》の未完の円相が閉じる(つまり、円の始まりと終わりがくっ付いて連結する)というコトの成就のために重要な役割を果たす、ということを論じたのであるが、レーウはこの過渡的な時間的狭間を「境目をなす危機的な時点」と喝破した。そしてそれは前時代に溜まった汚れという時間的な残滓をすべて祓い清めるための儀礼として捉える。

omega1

彼は、ここで「われわれの公共的清掃事業の意味ではない」とわざわざ括弧の中で断っているが、page 198でもレーウが記しているように「最初になされなければならない聖なる行為」としての浄化を、衛生上の観点から現代的な再評価が与えられているような「モーセやイスラム教の戒律」の解釈は、「すべて誤りである」と正しくも断定している。

浄めの祭祀が、「危機的」と記述されるようなエポックであるというその論拠は、今年に入ってから筆者がシリーズで取り上げた「反対物の一致」における論点といささかも矛盾しないどころか、それを裏付けるものとなる。つまり、危機的な過渡期を伴う周回は、単なる自然現象であるというよりは、きわめて人類的で人工的な何らかの動作を繰り返す行為であり、しかも危険を伴う儀礼なのであり、それがなければ古い世界は生まれ変わることができない、そうした分娩のような、ある種、「自発」的行為なのである。つまり、1年という地球の公転周期以上でも以下でもない自然現象的な周回は、その人類的・歴史的「行為」を思い出させる象徴的な範型なのであって、人間はその周回する時間を口実に、かつての人類が行ったところの「浄化儀礼」を模倣する契機としているというのが正しい。つまり、地球の公転周期や、それに付随する植物の一年周期的な生命現象から、人間が儀礼を学んだのではなく、人類の祖型的反復行為に、地球の公転周期が酷似していたと言うべきなのである。

omega2ウロボロス

今にも我が尾に食い付いて輪のように繋がろうとするΩ状の「未完の輪」を、閉じた「ウロボロス」のような完成した円環とするための契機が浄めの祭祀、すなわち「集団的浄化儀礼」なのであり、それの模倣しようとしているコト(事態)は、まさに人類の全滅を惹起しかねない危機的な「ゲーム」なのである。

この引用の後半部、「見たところ──少なくとも多くの人々の目には──何か災いに満ちた聖、不幸という性格の一部が、浄めの概念の中に残存しているように思われる」という部分は、とりわけ高い重要性を持っている。これこそが、円環の終わりに訪れる一種のお祭り騒ぎと、それが終わった後の嘘のような静寂という正月や過ぎ越の祭りに共通に見出される「意味性」なのであり、儀礼の背景において、今にも捉えられようと待機しているエッセンスなのである。聖なるものが不幸を暗示するというのは、まさに「反対物の一致」のひとつの側面であるし、「死を伴わない聖は存在しない」という筆者が、ここ最近提唱している「聖の本義」に関わる部分である。つまりレーウがここで暗示していることこそ、「大量死」という悲劇(災い)が、聖を成り立たしめるのであり、そしてその不幸(きわめて巨大な悲劇)の記憶が、「浄め」の意味合い(あるいは正当化)を必要とするということなのだ。

ところで、この(悲劇的とも呼ぶべき)歴史的エポックを「浄め」や「祓い」として諒解しようとする、言わば「宗教化された象徴理解」は、それが儀礼と化した時点ですでに堕落への一歩を進んでいる。レーウはその点についても抜かりなく指摘する。

目覚めつつある道徳的・合理的意識は、遅かれ早かれ、歴史を持ついかなる宗教の中でも儀礼による浄めに異議を唱えるに至るものである。(page 200)

つまりひとつにはキリスト教において行われる洗礼の儀式に「なぜ水が使われるのか」という抜本的な疑問は、依然として信者によってはなかなか呈示されにくいことではあるが、実はそうした疑問が大多数の信仰者たちによって抱かれる以前に、批判精神を持つ一部の宗教改革者たちによって、「もはや未開人のように思惟しなくなった人間は、両者[物質的な汚れも精神的な汚れも]を区別しはじめ、儀礼という手段を精神を損なうもの[形式主義/教条主義]であり、品位に欠けると感じるようになる」(page 200)のである。

[ ]内は筆者(当方)による。

しかし、一方でこうした形式主義としての儀礼や教条主義としての聖典(テキスト)を、宗教の慣習が保持していたことは、読み解き得る暗号を後世に伝えるという点では、少なくとも重要な役割を果たすのであり、宗教現象を道徳的価値だけで捉えようとする信心(信仰心)も、また別の教条主義へと宗教を矮小化する要因の一端を担っているのである。

そこで思い出すべきが、聖なるものは俗なるものによって実現する、あるいは、密教的な宗教の本義は、顕教という「反論しがたい大多数の支持を得る“善”」という容れ物によって世代を超えて運ばれる、というパラドキシカル(逆説的)な奥義について、なのである。

(続く)

参考文:

「忘れられた宗教の機能」についての長い補足

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #2

Sunday, March 7th, 2010

Blake God

レーウの「神」に関する議論の続きを。

恣意によって苦しめられた者のみが、意志を発見する。太陽は、その気になれば、姿を隠し、光るのをやめることもできるのだと考えた古代のアニミズム的エジプト人は、太陽を永遠に昔ながらの正しい軌道から外れさせない、鉄のような運命の女神(デイケー)がいると信じたヘラクレイトスよりも、キリスト教の神概念に近い。盲目的な力や法則よりも、恣意的な神を信じる方がよい。最初によるべのない人間が、その生存の危機の中で、圧倒的な現実の背後に一個の人格的意思──それが呪うべき意思であるとしても──を想定するのでないならば、復讐の神も、正義をつかさどる神もまたわれらの主イエス・キリストの父なる神も考えられないのである。

人格神から唯一神への進展は、かなり速やかに起こる。しかし、有神論(Theismus)はやはりいつの時代にも一神論(Monotheismus)よりは重要であった。唯一の神のみがあるという理論的確信を許容する宗教は一つとしてなく、あるのはただ人間が仕えることのできるのは一個の力のみであるとの強い信仰を許容する宗教だけなのである。もし他の神々は存在しないと言われるならば、それはこの、われわれの神の他にいかなる神も存在しないという意味でである。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 132

われわれの世界が、全く機械論的で揺るぐことのないメカニカルな法則によってのみ突き動かされているという、言わば「神不在」の世界観に対しては、実に古い時代から、その是非を巡ってさまざまな考えが提出されてきたということだ。喩えてみれば、玉突きやドミノ倒しのような「原因と結果」という因果の連鎖があるだけ、という機械のような世界よりも、世界の現象が、《その者》の気まぐれであったとしても、《なにがし》かの意思によって、どうにでもなるのだということの方を信じたくなるほど、人類は自然の「恣意」によって苦しめられてきたということになる(らしい)。しかも、その苦しみは単なる偶然によってもたらされる苦しみであると考えるにはあまりにも大きい。したがって、それが同じ苦しみであっても、単なる不幸な「事故」ではなく、何らかの至高な意志者による、われわれの理性では計り知れない計画と意図を持った者(至上者)による「恩寵」であると考える方が楽なのである。その点では、“暗い哲学者”ヘラクレイトスの方が現今の無神論に近く、キリスト教の方がアニミズム的古代エジプト人に近いというわけだ。つまり神々とともに生きていたギリシア人の方が、いつでも奇跡が起こる神のいる世界ではなく、神不在の、遥かに冷厳な宿命論を受容していたとも解釈可能なのだ。

いずれにせよ、神がいるかいないかという議論に対し、人類は「いる」という回答──つまり「有神論」──を選ぶのを好み、そうした「有意志的な世界」(有神論)に対し、汎神論に向かう別の軸を想定する。

一神教か多神教かという議論については、単純な二項対立ではなく、つねに「他の神」という、半ば「客観的」な存在者へのアンチテーゼでしかなく、自分らが想定する神以外の「神々」が存在するという他者への強烈な意識が、かえって「仕える対象としての神」が唯一でなければならないという希望的な観測を裏付けている、ということになる。つまり、そこには意識的な「信仰」という選択が求められる。

さて、汎神論について言えば、「神がその名前を失うこと」とレーウが説明するような面が確かにある。エジプトの原始汎神論者は古い神の名「アトゥム」を「万神」と解釈したという。ゼウスはギリシアでは特定の(つまり「至上の」)神の固有名詞ではなくなり、例えば、エウリピデスがそうしたようにゼウス・自然法則・世界理性の三者間に区別がなく、同じ概念を表す言葉として恣意的に活用したという。またゲーテは絶対的力への信仰をこのように表現したという。

「私がそれ(神的なもの)をトルコ人のように百の名前で呼ぶとしても、まだ不足であり、そのあまりに際限のない特性に比べれば、まだ何も言わなかったに等しいであろう」。(page 135)

この言葉で思い出すのは、福音書における次の記述だ。「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるなば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」(ヨハネによる福音書 21. 24-25) ゲーテは神の名前について語っており、福音書家ヨハネは行為について語っているので関係ないとするならば、それは想像力の欠如である。行為の数だけ名前がある。そして名前の数だけ異なる行為があったのだ。この世界で起こったあらゆる奇跡的な出来事はすべて、イエスという「汎神」にその原因を求めることができる。イエスはヨハネ伝においては、神と人間をつなぐメッセンジャーであったというよりは、まさに絶対の至上者そのもの、すなわち汎神論的な意味での「神自身」、換言して、文明世界の隅々に浸透しわれわれの世界をかくあらしめる《絶対神》的な存在へと昇格しているのである。

それは神道を国家神道という形に変形し、天皇という至上者を想定し、それをあらゆる神(八百万の神々)のヒエラルヒーの頂点に座するものとしたのと比肩しうるかもしれない。つまり、この世で起こっているすべてが、この生ける神の意志次第になっている(いて欲しい)という概念は、ある意味、きわめて西洋的、いや、少なくともヨーロッパの宗教では馴染み深いものである、ということはできよう。

この回は、自分の至らない見解で締めくくるよりも、レーウの本書における最後の引用をそのまま引用して締めくくるのがいいだろう。そこにはイエスが自らを「アルファでありオメガである」と言ったその語り口(修辞法)の範型(元型)とも言うべきものが見いだされるのだ。そして、イエスが父と呼んだ存在、そしてその後の聖母信仰の範型とも言うべき、処女マリアの役割さえも、ひとつの神(ゼウス)が果たすのだ。これこそがヨーロッパのイメージした究極の汎神論的な神の姿なのであろう。

その(バガヴァッド・ギーターの)ほかに例えば、ギリシアのオルフェウス教でも、汎神論は全盛をきわめていた。「ゼウスは最初の者となり、ゼウスは最後の者となり……ゼウスは頭であり、ゼウスは胴体であり、ゼウスから万物が作り出される。ゼウスは大地と、星ちりばめられた天空のどだいである。ゼウスは男性として作られ、ゼウスはまた不死の乙女となった。ゼウスは万物の息であり、ゼウスは永遠の日野力であり、ゼウスは大地の根である。ゼウスは太陽であり月である。ゼウスは王であり……一切の存在の支配者である。

関連文書

《実在する神》への付言

“伝統”数秘学批判――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [7]“2”の時代〜「元型的月曜日」(後半)

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #1

Sunday, March 7th, 2010

Leeuw site image

Gerard van der Leeuw (1890-1950)

「多神教」対「一神教」という二項対立は、とりわけ自分の国を多神教国家だと思い込んでいる人々の多い日本においてよく耳目に触れることのある単純化された議論である。宗教の分類の一便宜として、神道(特に古神道)が、多神教的であることは否めない。私の見解では、むしろ日本の「多神教」は、汎神論に近い感覚だと思われるのだが、以上の便宜的分類は分類として一旦は諒解はできるとしておこう。だが、どこまでそれを精緻に検討した結果で述べているのか分からないが、「日本は多神教国家だから平和を愛し、近東や欧米は一神教国家だから闘争的だ」というような言説は、政治的に有効であってもおよそ学問的だとは言いがたい単純化である。その単純化のレベルは、何度も本サイトでも取り上げられているような「農耕民族」対「狩猟民族/遊牧民族」という悪質な単純化による、他民族の劣勢(ないし、それによって強化されたと思い込む幻想的な自民族の優勢)の理由付けにも等しい。

そもそも、日本の信仰が「神道」であるというおそろしく単純化された便宜を受け入れた上で、そして、それがさらに「伝統的に多神教的である」という前提の上で述べたとしても、そのために例えば戦争(闘争)を回避できたなどという歴史的な根拠はどこにもなく、日本が現今のように政治的に統一できたことひとつをとっても、そこには多大なる闘争と、その結果としての他部族(お家)の殲滅など、大いなる暴力と人的犠牲の上に成り立っているのである。

では、日本の信仰が仏教であるという、これまた恐ろしく単純化された方便を用いたとしても、本当に日本人が仏教的な生き方をしているのかと言えば、それまた疑わしい。もし古代日本が人間の組織としての仏教の宗団を自らの文化的よすがとして、そして支配の方法として持ち込んだのが本当だとしても、それが日本の平和に寄与したというようなことを信じる程、われわれはもはや純真(ナイーブ)ではあるまい。聖徳太子の時代に、大陸の哲学である仏教思想なるものがやってきたとき、むしろそれは非仏教的旧勢力との間で大いなる摩擦と軋轢、そして殺戮さえ引き起こす原因にさえなったのだ。それに今日でも見られる日本人が仏壇や先祖代々の墓の前で手を合わせる姿を観察しても、それは仏教への帰依というよりは、それ以前から存在する祖先崇拝の方が、いかなる日本の他の信仰よりも強いものであったことが明らかに思える。言うまでもなく、祖先崇拝はきわめて宗教的な現象であり、また宗教学の研究対象でもあるが、それはアフリカやオーストラリアの旧文化世界の生き残りの観察などに求めなくとも、すぐ周辺に存在する抜きがたい宗教感情なのである。それはほとんど、「霊的に支配されている」と言っても過言でないほどの強靭さを持った現象である。本当の意味で、仏教もキリスト教も日本を「教化」できなかった最大の原因は、この伝統を克服できなかったからではないか、それがもっとも強大な霊的影響ではないか、と思われるほど、特異で、また根強いのが祖先崇拝なのである。それは異教的な影響を残している地域を除いては、欧米や近東の広い地域において、いわゆるキリスト教信者、イスラム教信者、そしてユダヤ教徒たちが、「いかに祖先崇拝をしないか」という事実と比べても明らかであろう。彼らには祖先の前で手を合わせ礼拝するという習慣を遠い昔に捨てたか、そもそも持ち合わせていなかったようにさえ思われる。これについては別の研究が存在しよう。

一方、多神教か一神教かという議論に戻れば、われわれが知るところの「神道」なるものも、国家神道の例を挙げるまでもなく、厳密な意味での《多神教》であると言い切れない部分があろう。そこには少なくとも、ひとつのまとまった体系を持つ「より近代的な宗教」たろうとする政治的動機があり、また後代における歴史の捏造や改訂があり、天皇という名の生ける神による現世支配という構図があり、きわめて一神教的な志向性の強いものでもある。

このあたりの議論を深化するには多くの材料を持たないので、ここでは深入りしないでおこう。以下に、レーウによる論考の一部を掲載して、厳密な研究というものがどういうものであるのか、ということについての想像を働かしていきたいと考えるのである。

 『旧約聖書』の一神教でさえ、神々の数について論じているわけではなく、ほかの諸々の力を無としてしまう神と民との結びつきを強調しているのである。しかし、多神教が首尾一貫して展開されるならば、神と世界とが一つになる(A)という状況が生ずる。「全能」は万人どころか多数の人々にさえも与えられず、「全能」に留まる。多神教は何らかの体系ではなく、聖なる力の独立を維持しようとする宗教のダイナミックな運動である。この運動が失敗に終わると、多神教は汎神論に移行する(B)

 これに反して、一神教はおそよ多神教の論理的展開、一種の学問的ないしは道徳的単純化などというものではない。イスラエル宗教、イスラム教、キリスト教など真性の一神教の特質(エートス)は、ひとえに「誰が神のようでありうるか」ということに存する。[神の]単一性は多様性の否定ではなく、その力の強い意思の熱烈な確認なのである。この意志は人間の生活に深く関与しているので、人間は「汝さえあるならば、私は天にも地にも何も求めない」(「詩編」七三)と言わざるを得ない。だからこそ古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした(C)。こうして大きな葛藤が起こり、それによってキリスト教は初めて歴史の上でその場を与えられるに至った。それは諸国の勢力の特殊性を足場とし、しかもそれらを一つの皇帝権力の下に併合した「アウグストゥスの平和」(D)と、他方イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い(E)であった。

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 129

enteeによる蛇足注解

(A) 神と世界とが一つになる

「神の世界と人間の地上世界が一つになる」という意味であろう。

(B) 多神教は汎神論に移行する

通常の感覚からすると、順序は逆のような気もするが、レーウ独特の論理があるのだ。

(C) 古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした

もっと厳密に言い換えれば、「ローマやその周辺の(ユダヤ教徒でない)非キリスト教信者たちは、キリスト教的な一神教を革命とみなした」というようなことであろう。キリスト教に先行するユダヤ教の信者が、それを革命と見たかどうかは分からない。

(D)「アウグストゥスの平和」

pax Augustusの日本語訳。伝統的にそれはそのまま「pax Romana」に置き換えられるほどの同義語。「pax Romana」が、「紀元前27年〜紀元180年のほぼ200年間続いた、軍事力による領土拡張も最小のレベルであった比較的平和な時代。アウグストゥス帝により打ち立てられた態勢であったため、アウグストゥスの平和と呼ばれることがある」とされている。Pax Romana (Wikipedia)

(E) イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い

イエスが望んだと思われる世界が、世俗国家による「神の国」の実現ではなく、超俗の思想であったことを改めて確認している。むしろ、統一帝国などというものの出現は、イエスの理想として世界像とは対立しており、かえって、その人間の組織としての国家と宗教に(そしてその宗団内部にさえ)対立(内紛)の萌芽があった。

神の名に見られる反対物の一致

Thursday, March 4th, 2010

「神」というよりは《神性》とでも呼びたくなるような、語源に現れるユーラシアの「deus」の家族たちの善悪併せ呑む二元性。これまで見てきた「反対物の一致」とはまさに神々を記述するためにこそあるのではないかと思われるほどに、引き裂かれた二元論とそれらの和合(一致)が特徴なのがこの「deus」なのである。

筆者は言語学が専門ではないので、自分がここで深入りするべきことではないのであるが、一旦これまで記述してきた「反対物の一致」の小論の最後を飾るのに《神》の西洋語源をざっと鳥瞰することを差し置いてないのではないかと思われるのである。

deusとギリシアのZeusとの関連はよく指摘されることであるが、deusと同根の単語は、英語の世界だけでも相当の裾野の広がりを持っている。

divine, divinity
devil, devilish
demon

こうして観てみると、神と魔的な存在が同じ根を持った言葉に分かれていることがわかる。その他の派生語をメモとして残しておく。

diva, deva

deity

theo: theology, theosophy,
thei:
theism
atheism
monotheism
polytheism
autotheism

反対物の一致《目次》

Wednesday, March 3rd, 2010

善だけの世界もなければ悪だけの世界もない。真実も多くの虚偽があってこそ意味を持つ。これらの言わば認識論的な価値の存在の仕方の中にわれわれの住む世界がある。つまり苦も楽も、それらは互いにその反対物の存在によって存在を許されているのだ。考えてみて見るが良い。一体、全くの不正の無い世界で、どんな正義が意味を持つというのであろう? 一体、まったく自己中心性の無い世界で、どんな自己犠牲が意味を持つというのであろうか? 不正や利己主義の全くない世界において、どんな救世主(キリスト)が意味を持つというのであろうか?

《反対物の一致》

エリアーデがよく問題にした「Coincidentia oppositorum」に関連しての小論考:

#1:原初的な前提

#2:いかにして「忌避すべきこと」が「歓迎すべきこと」に転ずるか

#3:死を欠かさぬものとする聖化の運動について

#4:死を伴わない発展はないことについて

ユーラシア西端へと到達した《鶏》

Tuesday, March 2nd, 2010

しまねイン青山にてオクサス学会の第1回講演会が行われる。講演者で、発足者のひとりである前田耕作氏の講演タイトル「曙を告げる雄鶏」を見たときから、これは期待が持てそうだという予感があったが、まさにそれは的中した。

Peter's Denial

Peter's Deinal 2Denial cross

le coq sportif logo

▲Le Coq Sportifの正式ロゴ

(三つ又に分かれている尾は、フランスの数性”3″を反映している。)

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雄鶏の象徴物が、アスカランとクシロフから出土したということから、この地域と雄鶏の象徴との浅からぬ関連が示唆される。そして、雄鶏が繁栄や豊穣を意味することが説明される。配られたレジュメには、さりげなく「使徒的利用」という文言が、取り立てた詳述もなく、記載されているが、この「使徒的」というのはなんであろう?それについては後ほど自分の憶測を述べるかもしれない。

前田氏は講演の中でゾロアスター教の教典アヴェスター(XVIII 13-29)における記述を引用する。

いざ起きん。雄鶏が我を起こせり。二人のうち、初めに起きし者は、初めに極楽に入るべし。最初の良く洗いたる手にて清き薪をアフラ・マズダーの子なるアータルに持ち来たりし者は、アータルはその者に喜び、怒ることなく祝福して言えり。牝牛も子供も殖えよう。汝の霊魂の喜びに生活するをえん。

言うまでもなく、ここで言及されているところの「起きる」とは、「早起きは三文の得」というような世俗的な倫理観を説く、睡眠からの日々の起床のみならず、別の意味の《覚醒》をも暗示する二重の意味構造を持つものだと考えるのが妥当であろう。文明の光に当てられた人には、かくのごとき恩寵があるのだという風に読むこともできる。朝の太陽光に照らされるという恩寵に先立って、それを可能にするのは誰よりも早い時間に起きて、人を目覚めさせるために時間を告げる鶏の声(神の呼び声)に他ならない。

一方、「清き薪」という供物についてだが、ここでも朝のルーティンとしての「薪集め」ということもあるのだろうが、「特定の火」を崇めることとの連関が、この節にも怠りなく言及されていると考えることができるのではないだろうか?

前田氏のレジュメに雄鶏と雌鳥の対で「豊穣」(女性原理)と「繁栄」(男性原理)を象徴するという記述があったが、「繁栄」というのは言い換えれば「男性的な生殖力/精力」のことであろう。つまり豊穣は「孕む力」であり、精力は「孕ませる力」である。面白いことにrooster(雄鶏)を表す言葉に「cock」(仏語では「coq」)があり、英語では隠語にも事欠かない類義語の存在もある。

さて、講義自体はムハンマドの「白き雄鶏はわが親しき友なり。その悪魔の敵なるがゆえに」という、悪の支配の終わりを告げ、人々を惰眠から目覚めさせる曙(あかつき)のファンファーレに言及されて終わったのであるが、講演が一通り終わり、パーティーとなったときに、食事をする前田耕作氏に新約聖書と東方の伝統の関連について尋ねようとして、次のことを訊いた。「嬰児イエスの誕生を告げるベツレヘムの星を目指して東方からやってくる三賢者(マギ)が、ゾロアスター教徒であったことが、先生の著書『宗祖ゾロアスター』でいきなり断定されていましたが、そうした関連がキリスト教とゾロアスター教の間にあるのであれば、なおさらですが、雄鶏と耳にしてすぐに連想するのは、福音書におけるペテロのイエス否定(Denial)のエピソードです。イエスが雄鶏が鳴くまでにお前は私を3度否定すると予言し、その通りになった話ですが、それとの関連は?」

私の話を聞いて深く前田氏は頷いた。その反応に満足した自分は、さらにLe Coq Sportifというフランスのスポーツウェアメーカーとそのロゴ、そして映画『炎のランナー』でも見られるような、陸上のフランスチームが来ていたウェアにはっきりと見えたLe Coqのマーク。どのような関連がフランスと雄鶏の間にあるのか?

Iron Helmet of Gallic Warriors

Gallic helmet

le coq cap

▲ガリア人ならぬ現代人も「闘う者ども」は、鶏のデザインの帽子を冠る。

Blue Gauloise

▲雄鶏の羽をつけたガリア人のヘルメットをあしらったオーソドックスなゴロワーズのパッケージ

Old Gauloise

▲旧ゴロワーズパッケージ

Gauloise with Rooseter Back

▲パッケージの裏には雄鶏が

すると、鶏を意味するラテン語の単語が「gallus」であること、そしてそれが「ガリア:Gallia」や「ゴール:Gaul」の語源であること、などを説明した。そして「ガリアはつまり(ローマ時代の)フランスだ。雄鶏はフランスのもうひとつのシンボルだ。もっと言うと、タバコの銘柄、ゴロワーズ:Gauloise」も同じ」というのだ。そして、時間が許せばそこまで話をしようと思っていた、というのだ。なるほどフランスと雄鶏はこうしてローマの時代につながっていたのである。雄鶏はことによるとゲルマン民族などに追われてユーラシア大陸の西端に到達するが、そのとき暁を告げる雄鶏も共に西欧に至った訳である。

Online Etymology Dictionary で調べると、確かにGaulはgallusと関連しており、さらにGallicからは、Gaelic(ゲイル語/ゲイル人の)との関連が指摘されていて、つまりフランス人の蔑称としても使われることのあるGallicには、ケルト由来のGaelicとも類縁関係にあることになる。

さて脱線するが、面白いことに、シャルル・ド・ゴール(De Gaulle)もまさに語源的には「Gaul」を持っていて、それがフランスの政治世界を代表する指導者であったことは偶然であったとしても、やや出来すぎた話なのである。Gaullist(ド・ゴール治下の)やGaullism(ド・ゴール主義)などの固有名詞「ド・ゴール」から派生した現代語も存在するのである。

Charles De GaulleGallia Cigarrettes

▲その名も「ガリア」というフランス・タバコ。並べてみると、ド・ゴールの帽子をかぶったシルエットと驚くほど似ていなくもない。(タバコ「ガリア」においても雄鶏の尾が「三つ又」に分かれていることに注目。加えて、「TRIPLE FILTRE」であることも興味深い。)

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真の問題は、雄鶏とフランスという国が象徴で結びつき、さらに雄鶏が「ペテロの否定:Peter’s Denial」と結びついたときに、それが福音書にどのような解釈を許すことになるのか、ということである。福音書が「過去にメシアの上に降り掛かった受難: Passio」を伝えるものであると同時に「未来への福音: Gospel/Godspel」、すなわち未来への先触れ(予言/予兆: Herald)であると理解できる時、福音書を読み解く役割を持っているわれわれは、「フランスが来るべき世界において、どのような役割を果たすことになるのか、あるいは果たしつつあるのか」、ひいては未来の神話の地(聖なる地所)となる、今日の脱聖化されたヨーロッパにおいて、どのような役所(やくどころ)が与えられることになるのか、というところまで洞察しなければ、未来の象徴学の《総合の要請》に応えることはできないのである。

図像引用先/参考サイト

Learning Disabilities: Beyond the Classroom

Rainbow Tracer Novelties

聖ペテロの否認

Cock on the Walk

lasagacigarette.com

Roman Numismatic Gallery

La Wren’s Nest

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