Archive for the ‘The Ω Archetype’ Category

金剛への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<対称:symmetry>の伝えるもの[2]
波頭とフィニアル

Wednesday, October 26th, 2005

■ 波頭とフィニアル

至上権を巡って競争する左右対称の祖型的パターンをより古く辿って行くと、古代ローマの建築物に行き当たる。左右対称の「波頭」(あるいは「渦」や「蔓」)と中央に据えられる「杯/壷」のパターンである。これは対面する要素が人や鳥獣から「迫り来る波」に置き換わっただけのもので、それの伝達しようとする内容は同じである。この組み合わせのパターンは無論近東や西アジアの古代遺跡からだけではなく、南米を含むほとんど世界中のどの地域にも見出される。日本に於ける社寺仏閣の瓦屋根、そして宝珠に言及した時にも取り上げた石灯籠にも見出せる。ただし、ここでは日本の「波頭と杯」「波頭と宝珠」を含む対称図像に関しては後半で取り上げることになろう。

こうした左右対称の構図はあらゆるものに見出される。

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(上)「グランドファーザー・クロック」と呼ばれる背の高い振り子時計。左右の柱が特徴的。時間と「時間の終わり」の関連が濃厚に見られる。(下)コロニアル・ベッドと呼ばれるフィニアル付きベッド。睡眠中も頭上にフィニアルがそびえるのである。

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西洋の家具や柱時計に於いてもその対称構図は非常に頻繁に出現する。モダンなデザインでは簡略化もしくは完全に失われていることが多いので、そうした「波頭とフィニアル」の要素は見出すことが難しいが、ちょっと古いアンティックなどを確認すると、いくらでも見出すことのできるものである。そして古代の遺跡はその痕跡が失われつつあるものが多く、またそのうちの多くは復元によって再現されたものだ。

しかしこうした家具において、その形状は職人達の伝統によって受け継がれた絶えざる徴として明確に確認できるのである。むろん、その徴の意味を職人が了解していたかどうか、作る対象について自覚的であったかどうかは別問題なのである。ただ過去から伝わって来た意匠を忠実になぞるということによって伝えられる<普遍的題材>というものがこの世に存在するということで十分である。それはすべての茶の湯の実践者たちが自分たちの扱っている内容について、身につけた作法以上の深い理解をしているかどうかは別問題であるのと同様のことである。

このサイトに於けるfinialの説明の冒頭は非常にアナロジカルである。「サンデイ: Sundae*(洋風みつ豆)におけるチェリーのようである」とある。つまり、このスイートはまさにお菓子によるトロフィー構造になっているのである。それはクリームやチョコレートアイスクリームの作り出す山の頂上に置かれる赤い「チェリー」によって完成する。

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* 音的には「Sunday」と同じ。

この中央の物体に一歩手前まで迫ろうとする部分は「波頭」形状が一般的であり、伝統家具の世界でそれは「crest」と呼ばれる。一方、中央の「物体」はフィニアル(finial) と呼ばれる。フィニアルは、家具だけでなく、柱時計、マントルピース、建築、土木など大小さまざまな伝統職人の扱う創作物中に登場する。また、Finial*は、英語の「finish, final」と同じ語源を持つ。Fin(仏)、Finito(伊)は「終わり」の意味を持つ。つまり、中心に迫る波頭は「終わり/完」への最後の(直前の)一歩を描いているのである。家具や建築に於けるこの「フィニアル」の役割は、その製作の「仕上げ」を意味しているのであって、すべての行程を終えていよいよ作品の完成という時に、その作品の中央に据え付けられるのである。

だが、以上のような「顕教的」な説明は、そのオブジェクト自体がわれわれの内面(無意識域)にほとんど直截に訴えかけ伝えようとしている内容とのあいだで微妙な一致を示しながらも、そもそもそれが「何の仕上げなのか」という「象徴されるもの」自体の本質の全てを明らかにしない。しかし、そもそも家具(とりわけ「時計」)といった道具自体に「完了」や「終わり」を意味するものが「掲げられる理由」は、そのオブジェクト以外に求められるのである(あまりに自明なことであるが)。すなわち、「象徴するもの」は、「象徴されるもの」あるいは「象徴される出来事」を指し示すに他ならない。そしてそれらは単なるオーナメント(装飾品)以上の意味を持つのであり、「指し示されるもの」というのが断じて外在するということなのだ。

* 場合によってはクロップ(crop)と呼ばれる。「作物」「収穫物」の意味である。このフィニアルがパイナップルやその他の果物に置き換わることのできる理由が、その意味「至上権」から憶測することができる。

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家具やランプシェードに付けるフィニアル(左) 建築物に使われるフィニアル(右)

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パイナップルに姿を変えたフィニアル。「クロップ:収穫物」の名でも呼ばれるフィニアル。サウスカロライナ州チャールストンに於けるジョージ・ワシントンが幼少を過ごした家が博物館になっている。その家の家具のほとんどにパイナップル状のフィニアルが付いている。それを館内のガイドに意味を尋ねると、「Pineapple means hospitality.」(パイナップルはおもてなしの意味)」であった。

後半ではフィニアルのバリアント、そして日本におけるその代替物を見ていくことにする。それは、世界中に見出される、後にわれわれが<Ω祖型>と呼ぶことになる図像元型へとつながっていくのである。

金剛への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<対称:symmetry>の伝えるもの[1]

Tuesday, October 25th, 2005

■ 人間の図像作成に於ける対称性

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つい先頃、「自然界に完全なる対称図形はない」という名言を聞いた。つまり広い自然界において、「対称」という意匠は大抵が人為的かつ抽象的なものであり、すなわち決定的に「観念的」なものであり、われわれの目にも極めて強いインパクトを持った立ち現れ方をする。こうした「強さ」を持った形状が秘儀を伝えるための視覚的手法として採用されないはずもなく、人間界における対称図像の選択とは、ある意味必然的な結果であったとさえ言うべきであろう。建築のような巨大規模のものではインドのタージマハール、カンボディアのアンコールワットなどが有名であり、それらがわれわれを魅了する第一の真相は、まず最初にその左右対称の構成(あるいは単に対称であるというよりは、「対称性」を強調する意匠)にあると言っても過言でないほどである。

■ 闘争と勝者の獲得物

勝負事の公式試合には優勝杯やトロフィーが付き物であるが、優勝カップがなぜ「杯」もしくはそれに準じる形になっているのか、トロフィーがどうしてあのような「杯」を4柱が支える形もしくはそれに準じる形になっているのか、ということについて、日常的にその「問い」に出会うことも「答え」に出会うこともほとんどない。世界の「至上権」をめぐる闘争において、最終的な覇者が獲得すべきものが「杯: さかづき, 逆月」であることは、当たり前の前提として受け留められていること自体が、特筆すべきことである。だが、その起源を探ることはさらに興味深い作業となるだろうことに疑いはない。

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要するに、トロフィーは「優勝杯」である。いわゆる「スタンダード」タイプのトロフィーは、優勝杯を4つの柱で支えるという世界像を表したものである。

世の至上権を巡る闘争は、伝統的に「左右対称で対面するふたつの像」によって表現される。とりわけ、それは対面する2人のひと、もしくは対面する2頭の鳥獣によって象徴化されてきた。それは一部の例外を除いてはほとんど場合、同じ人間、同じ鳥獣が対面する図像によって。そして多くの場合、東西の代表的勝者が左右からそれぞれ登場し、至上権を象徴する<ある物品>に「どちらが先に到達できるか」を競う場面を描いたものである。つまり、「左右対称に配置される対立物(ペア)」に加えてその中央にそびえる「至上権」を象徴するもの(シングル)という組み合わせで登場する。こうした対称図像は世界の至る所に、そして新旧のあらゆる時代に見出されるが、それらはほぼ同様の<普遍的題材>を伝達することを明白に意図していた。

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これは探求不足なのかもしれないが、いまのところこうした「至上権獲得闘争および獲得物」という観点で対象図像について論じられた記述にお目に掛かったことはない。

日本においては東と西からそれぞれの代表的戦士が現れ(あるいは「紅白*」に分かれ)、その力を競い合って勝負を決めるという闘争の祖型的パターンが見出されるものに相撲がある。そしてその舞台は「土俵」と呼ばれる「円相」系の限界線で区切られた「世界」で繰り広げられる**。この「世界」の覇者を決定するための長いプロセスは詳細に儀礼化されており、今日われわれの目撃する相撲も、言わば神(あるいは神格を持つとされる王)の御前で行なわれる奉納の儀式であることは広く知られたところである。それは仏教や神道の伝統というよりは、その儀式の構成要素はむしろ中国から渡って来た道教にこそその起源が求められる***。当然のことながら、日本の神道儀礼と混淆していることは否定すべくもないが、相撲には「木火土金水」の明瞭な五元素、および「東西」によって象徴される「陰陽」の要素が明瞭に見られ、茶の湯と同じく、「陰陽五行」の世界観が濃厚に反映されている。

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* 相撲において、赤(紅)は「赤房」の下がる南東の角(朱雀の区域)、白は「白房」の下がる西南の角(白虎の区域)である。

** また世界各国で見出される拳闘(ボクシング)は「世界」を表す正方形の「リング」が設定され、その四隅の内の二隅(red corner / blue corner)から戦士が現れ、世界の至上権の決定をする。覇者が獲得するものは「チャンピオンベルト」という「時間的円相」(=歴史時代)である。ユダヤ=キリスト教系の世界像は、円よりは東西南北を表す四角形に親しみがある。「All corners of the world」と言えば、「世界の津々浦々」というニュアンスを表す。「From the four corners of the world」は、「世界の隅々から」となる。このように言葉からもボクシングの様式からも、世界に「隅」があるというほとんど無意識の聖書的世界観の反映が見出される。

*** 西洋の代表的宗教の秘教と「(思弁的)錬金術」の伝統との関係、密教と「道教」的伝統との関係にはある種の平行関係がある。だがここではテーマを単純化するために詳述はしない。とりあえず、ここではそれぞれの伝統や作法がその近隣で発達した宗教芸術や宗教儀礼の中に取り入れられていることには不思議はないということだけを断っておこう。

金剛への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<円相>の伝えるもの

Monday, October 17th, 2005

ちょっと気が早いと思う方もいらっしゃるだろうが、これを読んでその意義を理解された方々には、これからやってくる「クリスマス」、そして「正月」が待ち遠しく、なるであろう。

[漸次推敲]

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図版1

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図版2

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図版3

■「0」の発見

「ゼロ」の発見がインドで行なわれたという話は、一般教養的通念として多くの人々によって共有されているものである。確かに「0」の概念の「発見」がその後の数学の発展を根底から変えたものであることは想像に難くない。そしてそれがインドにおける数学の「極端な深化」の根本要因を説明するものだということは十分にあり得るだろう。しかしここで取り上げられる「0の発見」は、そうした事実とはおおむね関係がない。むろん全く関係がない訳ではないが、ここでは問題を単純化するために、そのことはしばし横に置いておいても構わないだろう。

歴史の秘儀に関わる分野においては、それが極めて長期にわたって「予告された」ものであったにせよ、われわれの生きる世界における具体的な「0の発見」は、20世紀に行なわれたのだ。その「発見」ないし「再発見」を予告するものは、象徴図像の中に極めて広範に見出すことができる。そしてそれら「予告」は、どれもが宗教(聖なるもの)との関係が濃厚であり、そしてとりわけ「死と再生の儀礼」そして「永遠回帰」の概念に伴って繰り返し出てくるものなのである。

そしてその本質的意味である「無」「空*」は、文字そのものの「形状 O」によってそれ以上の意味、すなわちわれわれの捕らえられている「歴史」や「時間」というものの性質を端的に表す象徴となったのである。

* 「空」は、石灯籠の一番上に載せられている「宝珠」型の物体によって表現されていることも想起されたい。

■ 夏至/冬至そして円相

日本の正月に現れるものとして七五三飾り(〆飾り)の類があり、先述の門松(かどまつ)さえ、そうした飾りの一種と考えられるのであるが、とくに神社などに現れる「円相」の類は「世界の更新」の時期(年末年始/冬至の頃)のちょうど六ヶ月前、すなわち夏至の頃、だいたい6月24, 25日から30日頃にかけて現れるもので、これは新年と同様、ひとつの周期の中間の時期に現れるのに相応しいものである。これは「茅の輪:ちのわ」と呼ばれるもので、この時期に神社に参詣した人々は、日本最古の宗教儀式の儀礼を受けることになる。この「円環」の中をくぐって厄を祓い、「浄化」されたことを疑似体験する。くぐり方にも神社などによっては詳しくその方法が説明されており、その多くは「8の字」(∞ 無限記号のように転倒しているが)を描きながら、結果的に「合計3回」くぐるのである。この儀礼が円環する歴史、過去の秘教的歴史に関わりがあることは疑いの余地がない。

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「みなつきの なごしのはらえするひとは ちとせのいのち のぶ(延)というなり」。この「茅の輪くぐり」は、最初の半年を息災に過ごしたあと、残りの半年を無事に過ごして半年後の「新年」を迎えたいという気持ちの現れであると考えれば理解しやすいものの、これは巡る周期の中間点に来ており、しかも日の長さが最大であるということの明確かつ象徴的な確認であり、その日を境に日が「短くなっていく」すなわち「死に向かって行く」訳である。しかしこれがこの時期に行なわれるのは、われわれの「無事にもとの位置に戻って来たい」という願いの反映ということもできるだろう。

また、日本で「夏越祓(なごしのはらえ)」が行われる6月下旬のまさにこの時期6/24-25はキリスト教文化圏においては「聖ヨハネ祭:中夏節」の日に当たる。まさに「イエスの降誕祭」と受け取られている12月25日の半年前に相当する「夏のクリスマス」とでも呼びたくなるものである。また聖ヨハネ祭の夜はまさにシェイクスピアの「真夏の夜の夢: Midnight Summer’s Dream」で描かれる世界であり、恋人に「花環/花冠」を贈ったり、この夜は妖精の悪戯により魂が肉体から遊離する危険があるので夜を徹して火を焚いて騒ぐ(庚申祭*に類似する)などのことが行なわれる日でもある。

* 庚申祭は神道や仏教文化よりは、他の様々な「神事」と同様にむしろ中国から伝えられて来た道教 (Taoism)と深い関連がある。むろん、日本における道教思想が日本の古神道や大陸から同時期に伝わった密教系の仏教思想と混淆したか、あるいはすでに混淆したものとして日本に伝わった可能性が高い。

■ 日本の円相

「掛け軸」などの鑑賞作品としてわれわれの目に触れ、また茶の湯や禅の世界でも登場する象徴物が円相の書である(図版3)。これはほとんどバカバカしいほどに単純な、筆と墨でただ円を描いただけの「書」であるが、この図像はきわめて深い象徴的意味を持つ。まさに永遠回帰をその意味合いを「隠しながら伝える」という役割を果たして来たのだ。

この図版に付いて来た解説によれば、「円相は言葉で表現できない絶対の真理を仮に一円をもって象徴的に表示したもの」とある。だが「始めもなければ終わりもなく、円満具足である」とあり、顕教的には「愛でたい」ものとして一般拝受者からは有り難がられるような説明が成されているのである。

■ 欧米の円相

「円相」系でしかも年末年始に関係のあるデコレーションと言えばリース* (wreath: 花環/花冠) があり、これについて語らないで済ませるわけにはいかない。西欧ではクリスマスとの関連で毎年同じ時期に出現するものであるが、そもそもこのクリスマス自身が「世界の更新」あるいは「再生/復活」と不可分なものである。

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ほとんど「絵に書いたような」典型的クリスマス・リース。「3つの火の玉」の要素が、より見事に具象化している。

ひとつにはこの「クリスマス」として現在知られる「季節的行事」がキリスト教化以前の欧州各地で見出されたペイガニズム(異教/古代の多神教/アニミズムの類)の慣習から来たもので、冬至との関連があるという説はすでに広く受け入れられるところになっている。だが、それがそもそもキリストの「降誕祭」と混淆したこと自体、両者の祭儀のあいだに本質的な共通項があったことを表している。それは「復活」をキーワードとする何かなのである。

* こうした花環は欧米においても故人の命日などに墓参した際に、墓や故人を記念する碑に供えられるものでもある。これは死者への敬意を表すると同時に、死者の来るべき日の「復活: return, resurrection」を祈念した形状であると考えることができる。

すなわち冬至は一年の内で最も日の短い日であって、「日の世界」の死のピークを意味する。当然ピークを越えるや「日の世界」は再生(迎春)に向かってまっしぐらに進むのである。この日(冬至=クリスマス)が春分や秋分といった特殊な意味を持つ区分などと同様に年の「始まり」もしくは「終わり」の時期に設定されることには一定の必然性があるのである。

■ 12月25日という日が「降誕祭」である理由[補遺]

実際は、その日が「主イエスの誕生日」であることには何らの歴史的根拠も、ましてや聖書における記述すらないのであるが、「降誕祭」を太陽暦の12月25日という具体的日にちに設定したことは、別の面で合理的と言える。ここに簡略化されたカレンダーの一部を用意する。共通の聖典に起源のある3つの宗教においてさえ「聖日: holy day」の曜日が、それぞれ、ユダヤ教(土曜日)、キリスト教(日曜日)、イスラム教(金曜日)という風に異なることもあり、何曜日を「週の始まり」にするのかというのは議論となりえるところである。だが、日曜日が週の第一日であるという旧約「創世記」の伝統に基づき、週の第一日が月の第一日と一致する(つまり月の第一日が日曜日である)カレンダーを用意する(今後も同様の暦を引き合いに出すことがあるので、読者の方にはこの《元カレンダー》に慣れて頂く必要がある)。この場合の安息日は土曜日(サバト)となる。

その上でキリストの復活(誕生)が日曜であるということも踏まえて、降誕祭12月25日を日曜日であると仮定すると次のようになる。

        月  火  水  木  金  

12月  25 26 27 28 29 30 31

1月     2  3  4  5  6  

つまり、新年の第一日(元旦:翌年の最初の日)が日曜日となり《元カレンダー》に一致することが分かる。これはキリスト「降誕」し、1週間後(8日目)に「再臨」するという「七日間周期の元パターン」に一致するのである。つまり降誕した「何か」は、六日後に晦日を迎え「過ぎ越し」を経験し、集団的「浄化」儀礼が7日目に起こる。8日間の中に銘記すべき「降誕/再生」が2度やってくる時期というのはこの時において他にない。これは結果的にクリスマスから新年にかけてシミュレートされる七日間の物語となる。そしてそれは「新年」後も、永遠に「死と再生」(あるいは生と刑死と復活)の七日周期を繰り返し続けるのである。

話が逸れたかもしれない。円相に話を戻す。「円環する歴史」というもののイメージの極めてアルカイックな図像がタロットに求められることは、ここでも一度は言及しておく必要があるだろう。タロットの「大アルカナ」(Major Arcane)の22枚のカードが21日(3週間)に渡る「愚者の旅」であることを説明するのがここでのテーマではない。循環するイメージすなわち円相を見て行くということが、あくまでもここでのテーマである。いずれより詳しく《元カレンダー》を見ていく際に、この「三週間の旅」については再び言及するであろう。

■ タロットの「世界: The World」のカードに見る円相

円環をまさに明瞭に表出した大アルカナの最後の21番目*(第三周の最終)のカード「The World / Le Monde」で現れる女神像は、まさに「茅の輪くぐり」をしているように見える。「死と再生」とは無関係に永遠の命を生きる「世界」とそれを囲むように「永劫の死と再生を繰り返す」植物の織りなす円環の象徴(円相)の組み合わせとなっている。カードの四隅に現れる象徴は、「四大: 地上的な四大元素、四大天使、四天王、4人の福音書家」などの象徴である(詳述はしない)。円のつなぎ目には「X」マークのような形の「赤いリボン」が見える。ただし、つなぎ目は2ヶ所であり、あたかも冬至と夏至の2ヶ所をリボンで繋げたかの様でもある。その場合、二匹の蛇が互いの尻尾を噛み合っているような円環にも見える。

* 「愚者:The Fool」のカードは旅をする主体である「ゼロ」番を割り当てられているので、合計22枚の大アルカナのセットであるが、「世界」は21番目と考える。

また、円の中心に描かれるこの永遠に生きる存在は、「永遠に女性的なるもの」であり、処女懐胎するマリア、地母神、あるいは豊穣の神としての役割を担っていくヴィーナス(ウェヌス)をあらわす像である。それはまさに、われわれの暮らす「世界」そのものに他ならない。

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左から原初的な「マルセイユ」セット、もっとも広く実用されているという「ウェイト+コールマン・スミス」セット(1910)、スペイン製のペーニャ・ロンガによる「イル・グラン・タロッコ・エソテリコ」セット。

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左からトリノ製の「アンティキ・タロッキ・エソテリチ」セット。そしてやや変則。悪名高き“オカルティスト”アレイスター・クロウリーの「トート」セット。大胆な「解釈」と感じられようが、このリース状の植物繊維の「円相」は、このセットにおいては完全に蛇(ないしウロボロス)の図案に置き換わっている。これはむしろ原始の象徴への回帰と呼ばれるべき現象である。

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前掲のタロット「The Wolrd」の図像の伝統を直截に受け継いだかに見えるクリスマス・リースと女神(天使)像。加えて注目すべきことに、「金色」に着彩されているリボンによる花は、やはりここでも3点。赤い花もしくは柊の実は、ここでは色が変わって「金」になっているが、「金色」であることはその「三位一体」の性質をよく反映している。

■ リースの模しているもの(色について)

この植物繊維のような縄を円環にして繋いでいる図像というのはまさにリースのところで確認した通りの元型を表現している。だが典型的リース(花環)において、とりわけわれわれの注意を捉えて放さない点とはその基本色である。つまり通俗的に「クリスマス色」として認識されている「緑・赤」のことである。その色を演出するために植物の緑を基調として輪が作られ、赤い「柊の実」や「リボン」などがあしらわれ、「赤」の要素は追加的に表現される。

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「緑」のボトルで作られた巨大なリース。如何に素材の色が重要であるかが分かる。

こうした年末年始のリースの色と形状からどうしても連想せざるをえないものがウロボロスの図像である。これは「我が尾を自ら食む齢を経た蛇/龍」である[図版2]。

ウロボロスの図像は、錬金術図書の冒頭、「扉」に印刷されることが伝統となっている。まさに思索的錬金術の図書が後世のわれわれに伝えようとしたことが、この一幅の単純な図画に凝縮されているといっても過言でないほど、ほとんど「機械的な作法」として錬金術関連図書の中に現れているのである。その「蛇」の図像は多くの解釈を許して来たし、何らかの円環を暗示するものとして理解されて来たことに違いはないが、それでは「何の回帰」なのかということをきちんと言語化した記述をお目にかかることは少ない。

だが、冒頭に「円環するもの」を提示して、人間の「錬金」という行為が何をもたらすもので、その物質がどのように「成長進化」して行き、それがどのような「結末」を迎えるのかということを象徴豊かに描いていると考えることで、その「円環するもの」の内容を的確に洞察することさえ可能だと言えるのである。

当然、そのウロボロスの暗示するものとは、自らの身体を消費しつつ生存すること、あるいは自己の「生存」が自己の「犠牲」なしにあり得ないことのアイロニーが含まれる。

そのウロボロスに起源を持つのがクリスマス時に玄関の「扉」などに飾られるリース(花環)である。リースはそのウロボロスの赤と緑の鱗がよく表現された円環の蛇のヴァリアントと考えることができる。しかも多くの場合、その円環のトップに付けられるリボンはそのウロボロスの顔(口)とそれの噛み付いている尾を隠匿し、同時に「始まり」と「終わり」を結びつける役割を果たしている。そしてそのリボン(ないしそれに準じる要素)は「暦茶碗」におけるある種の「炎」の代用物である。

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リボン部分が火の灯った「ロウソク」に置き換わったリース

リースのバリエーション:リボンのヴァリエーションとしてのロウソク。このロウソクはむしろリボンの代替物と考えるよりも、より本質的な図像の起源に戻っていると考えることが可能である。特に左側の「鉄製リース」は、聖体顕示台との類似も顕著である。

さらに、クリスマス・リースに多く見出されるように、それには三つの赤い要素、それは赤い花であったり、柊(ヒイラギ)の実であったりするのであるが、「三つの火の玉」の名残を留めていると考えることができるのである。また柊やそれに準じる刺を持つ葉が用いられる理由は、それが鱗状に見えるということ、そしてまた磔刑前にイエスの頭に強制的に被せられたと伝えられる「イバラの冠」を連想させるからである。つまりその冠は、「主の誕生」の時点ですでに準備されているのである。まさに、「イバラの冠」とは、われわれの住む世界、すなわち「茨の円相」なのである。

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イバラの冠 = 茨の円相 = われわれの住む世界

■ 最後に戻ってくる「円相」としての「ゼロ」

そしてこの円環するイメージというのは20世紀中期の第二次大戦の最終局面に於いて再び現れることになる。前回取り上げたニューメキシコ州アラモゴルドの「Trinity Site」の爆心地が「Ground Zero: ゼロ地点」と初めて呼ばれたのである。現在では「爆心地」全般がそのように呼ばれるのであるが、それはむしろ逸脱である。この「史上初」の核爆発爆心地が「0 : zero」となったのは実験の暗合名称が「0」であったからである。マンハッタン計画の起草から広島・長崎の原爆投下までを「従軍」記者の立場ですべてを書き記す立場にあったW・L・ローレンスの言葉を引く。

この装置に関するあらゆるもの──爆弾塔の置かれている地点、その爆発の計画時刻──が、実験の暗号名称「ゼロ」でまにあわされていた。あらゆる関係者にとって、「0」は世界の中心となった。時間も空間もゼロ0に始まりゼロ0に終わった。全生活がゼロ0に集中された。すべての人がゼロ0地点とゼロ0時間、いやどちらかと言えば、ゼロ0超瞬時のことを考えた。

W・L・ローレンス著『0の暁』崎川範行 訳

これは「歴史の更新」の始まる時間とその地点を時間座標軸と空間座標軸の「0」としたのである。しかもこれから引き起こそうとしていることの意味をよく理解している物理学者たちがほぼ無条件に受け入れた「始まり」(そして「終わり」)の地点を表す象徴であったのだ。

「緑」という色が特に「錬金術」そして円環の閉じる地点、時間の回帰地点の象徴が緑色との強い関連を持つという理由が以下のローレンスの著述の中に見出せる。

ちょうどその瞬間、地の奥からこの世ならぬ光が立ち昇った。それはまるで、無数の太陽が一時に輝いたような光だった。この世界にかつて見られたことのなかった巨大な緑色の超太陽が、何分の一秒かの間に二千四百メートルの高さまで立ち昇り、さらに高く高く雲に達して、目のくらむばかりの光輝で天地を照らしたような日の出だった。

(中略)その色は皆既日食の時にのみ見られるあざやかな緑色を呈した。(略)われわれは天地創造のとき、神が「光よ輝け」と叫んだあの瞬間にいあわせたような感に打たれたのだった。

W・L・ローレンス著『0の暁』崎川範行 訳

ここにこそ、門松の青竹や松葉の緑、クリスマス・リースの緑、ウロボロスの鱗の緑、茶の湯の茶の緑、そしてここではまだ語らないが、文殊菩薩の跨がる「緑の獅子」、そして錬金術伝統における「太陽をかじるGreen Lion」の緑の色、などなどの《祖型色》の理由があるのである。

臨済宗瑞龍寺天澤僧堂の禅師・隠山惟?(1754-1817)の円相の傍らに書かれているメッセージは「心月孤円 光万象を含む」なのである。

「金剛」への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<宝珠>の伝えるもの[2]

Thursday, October 13th, 2005

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今回は「新年」「宝珠」そして「三つの火の玉」に関わりのある話。特に「三位一体」性を具象化していると考えられる図像や象徴的名称などのいくつかについて言及する。

日本の社寺仏閣系の「聖なる地所」を訪れるとわれわれがしばしば通過しなければならない最初の場所として「門」がある。特に山門の左右、もしくは門をくぐってからしばらくして左右に「対称」に配置された二つの像に気付くであろう。多くの場合は、日本では狛犬(こまいぬ)などで親しまれている二頭の獣(けもの)の石像である。これは実に多くの場所で見ることができる。もちろんこれは正確に言うと配置を除いては「対称」ではなく、一方は「あ/ア」の音を発声する口をしており、他方は「うん/ウム」の音を発声する口の形をしている。つまり、「あ・うん」の二つに挟まれた場所をわれわれは静々と進んで行くということになる。その獣が実は「獅子」であるということは単独で特記することも可能だが、ここではテーマの関係上あまり深入りしない。

そもそも、この獣像にさえいろいろなヴァリアントがあって狛犬(= 獅子)だけでなく、有名処では「金剛力士像」のケースも散見され、また稲荷神社であれば左右の狐(キツネ)像*であったりもするのである。しかし、そのどれも左右の像が伝えようとしている記号は「あ・うん」なのである。

* 狐像もその尻尾の形状をデフォルメさせることで「宝珠」の様に見立ているケースがある。つまり左右の「宝珠」である。

「ヨハネの黙示録」には次のように書かれている。「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきてそれぞれのしわざに応じて報いよう。わたしはアルパ(アルファ)であり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終わりである。」これは正にわれわれ人類の「時間への陥穽:歴史の開始」に関しての象徴的で警告的な表現である。キリストがそのように述べたという記述は実のところ、4つの福音書中一言もないが、この新約の最後に収められている「黙示録」には、キリスト教美術や教示画の伝統の中でキリスト像とともにその左右にアルファ(α)とオメガ(Ω)が配される根拠となっていると思われる記述が見出される。だが、「私は去る(不在だ)が、また再び戻って来る」と使徒たちに向かって約束したイエス(キリスト)と、その「アルファベットの象徴」とが、ひとセットになっている以上、実に必然的なことと言わざるを得ない。

これを読まれる方々にとっては、改めてことわるまでもなく「アルファ:α」と「オメガ:Ω」はギリシャ語のアルファベットの最初と最後の文字である。英語で言えばさしずめ「AでありZである」ということである。これには差し当たって二重の意味がある。時間(歴史)が自覚され、それが始まった以上、いずれ「それ」には終わりが来なければならないという、歴史の摂理に関しての比喩の機能が第一である。また英語の「(from) A to Z」という表現が見られるように、これには「あらゆるすべて: all and everything」という含意がある。最初から最後までの「すべて」を含んでいるという意味である。まさに人為の数々とそれらに対する報いという地上(現世)に起こる「すべて」のことを総合して呼んでいる訳である*。

* 「イエスのなしたことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書をおさめきれないであろう。」(ヨハネによる福音書21:25)という記述を想起されたい。

さて、一方「あ・うん」はどういう意味なのかと調べてみると、漢字では「阿吽」のように記され、簡単に言えばそれは「最初の音」と「最後の音」であるという定義がされている。「母音(摩多)12字と子音(体文)35字で構成される」という梵字(サンスクリット)の字母であり悉曇(しったん)すなわち「成就*/吉祥の意」なのである。そして「阿吽」は「「阿」は悉曇(しつたん)字母の最初の音で開口音、「吽」は最後の音で閉口音」とあり、言ってみればアルファベットの「AとZ」に相当するのであった。これは、ヒンヅー教のマントラ「A-UM」とも同様のものである。つまりインド・ヨーロッパ諸民族の共有財産として、アルファベット(文字)がギリシア語においてもサンスクリットにおいても最初と最後は「アルファ:ア」と「オメガ:ウム」と、共通なのである。

となれば、われわれが社寺境内で通過する「狛犬」「力士像」とは、まさにその獣/力士の口の形状によって「アルファ」と「オメガ」をわれわれに伝達することに目的があり、その「始め」と「終わり」の間を歩いて行くという儀礼を、知らず知らずに境内を訪れる人々が踏んでいる訳である。

日本の年末年始との関わりで話さなければならないこととして、家の門に備えるある種の季節的飾りとして玄関に現れる「門松:かどまつ」がある。これにもある程度のバリエーションが存在するものの、その基本的形状は簡単に記述可能なものである。「三本の青竹を縄で縛って束ねたもの」である。しかもその「青竹は斜めに鋭く断ち切られたもの」で、その鋭角のその形状は「竹槍」状であり大いに武器を暗示するものになっている。これが「正月の玄関の左右に置かれる」もので、左右対称ではあるが、それに期待される象徴的機能は社寺境内に見られる「狛犬」と同様である。すなわち「アルファ」と「オメガ」と同様に左右に配置するという行為なのである。つまりわれわれの家は「アルファ」と「オメガ」の狭間に建てられていて、われわれはそこに「住んでいる」ということを伝達するのである。むろん、広く信じられているように「神が宿る場所」を示すものであるという伝統的説明を否定するものではない。

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■ 典型的「門松」の在り方(イラストは最もシンプルに元型を反映しやすい)

しかしどうしてこの一つの長さを持った時間の「最初」と「最後」に「槍状の青竹を三つに束ねたもの」が出現するのかということを考察しなければならない。フランス王家(ブルボン家)の家紋であり、天使ガブリエルとの強い関連のある「フルール・ドゥ・リ: Fleurs de lys」の百合(もしくはアヤメ/カキツバタなど3弁の花)の紋章、聖パトリックが顕示したと言われる三つ葉のクローバーの形をしているハーブ、シャムロック: Shamrockの葉クラブ (club, clover)、ギリシア神話中のポセイドンの持つ三叉の槍(トライデント: Trident)、毛利家の家紋(三本の矢)などと同様に、「三つに束ねられたもの」が三位一体を表すことは言を待たない。いずれの場合も「武具」との明瞭な関連があることには最大の注目を払うべきである。それらはすべて危機的状況とそれに対抗するための防御具として理解されることがある。

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この章の冒頭に掲げたように、フルール・ドゥ・リは「槍の先端」に現れるパターンであり、また頻繁に防御壁(柵)や盾(シールド)に現れる形状である。トランプで知られる「三つ葉」の象徴は棍棒「クラブ」のことであり、振り下ろして敵の頭を砕く伝統的な武具である(また農耕民の象徴でもある)。また三叉の槍は現在「銛」の形で現存するものであるが、ポセイドンの例を挙げるまでもなく武具の一種と考えることができる。毛利家の家紋(いちもじにみつほし)については後述する。

20051013-moori.jpg ■ 毛利家の家紋「いちもじにみつほし」

一方、聖なる概念としての「三位一体」とは何か、という問いにもわれわれは答えられなければならない。これには「聖三位一体」というものが、何らかの「奇跡的な力」「尋常ならざる破壊力」との結びつきを持つものであるといういくつかの無視できない実例もある。

広島と長崎に原爆が投下される前に、合州国内で一つの原爆実験が行われていることは広く知られている。ニューメキシコ州アラモゴルドの砂漠で炸裂したこの「史上初」の原爆にはコードネームが付けられていた。マンハッタン計画の最後の局面に於いて最初の試験的原爆につけられた名前は「トリニティ: Trinity」であった。そして現在でもその原爆の点火された場所には「Trinity Site」と銘打った石碑が据え置かれている。つまり「この地は、三位一体の遺跡(現場)なり」と。

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■ 「錬金」は成った。「Ω(オメガ)の暁」アラモゴルドの砂漠で膨れ上がる火の玉 (fireball)の写真。


★ ★ ★

つまり錬金術の最終的な目標であった人為による「三位一体」の実現(金の生成)というものが、原子物理学の目標(核エネルギーの抽出:原子核変換)との間になんらかの寓意的な一致、もしくは(ある方面にとっては)明瞭な一致があるということである。西洋の錬金術用語(東洋の密教用語)と核開発関連用語との間の疑いようのない関係についてはいくつかの実例を挙げることも可能である。

システムの複雑さと安全確保に乗り越え難い困難があるために各国で頓挫、もしくは撤退している核施設に高速増殖炉というものがある。これは通常炉の燃料であるウランの燃えカス(灰)にあたるプルトニウムを「再利用」してさらに大きなエネルギーを得ることができるという「夢の発電施設」であるらしいが、各国における挫折や国内での反対にも関わらず、日本では依然として開発が続けられている。その高速増殖炉には「ふげん」と「もんじゅ」が、フランスに於ける同様の実験炉は「フェニックス」「スーパーフェニックス」という名前が付けられていた。つまり日本に於ける中型の実験炉には普賢菩薩の名が冠されており、より大型の商用の増殖炉には「智慧の化身」たる文殊菩薩: Manjushri の名が冠されている。文殊と言えば日本では「三人よれば文殊の知恵」という言?が知られていることに注意を喚起すべきであろう。「史上初」の原子爆弾のコードネームが「三位一体: Trinity」であったように、ここにも「三位一体」の暗示があるのである。そして最初に人の上に落とされた原子爆弾の一つは広島*に落とされており、この地は「三本の矢」の故事を遺したとされる毛利家と深いつながりがある。

一方、フェニックス(不死鳥)には「灰」から甦る「蒼い鷲」のイメージとして錬金術図版にも現れるものである。

* 広島を地元とするサッカーチームに「サンフレッチェ」と命名されたのには「聖フレッチェ(聖なる矢)」というラテン(イタリア)語を思わせる音を採ったと同時に「3フレッチェ」つまり「三本の矢」にちなんでいるという話は有名な話である。しかもチームカラーは「赤」と「青」の混合、すなわち「火と水の聖婚」の結果によって得られる「最後の色」、あるいはキリスト教会のレントの時期(キリスト磔刑後、聖金曜日の時期)に使われる聖なる色「紫」を採用していることにも注目すべきである。広島には「三位一体」の故事とともに核を暗示する象徴がすでに見られるのである。

そしてひとつの<出来事>がふたつの意味を持つ、すなわち「始まり」であり「終わり」であるということは、前回「暦茶碗」で見てきたように、同一のことの二面性を表している。それは「二つの時間的な周期の合間」に来るものということができる。さらに、丸く円周状になっている暦茶碗を宝珠の部分に切り込みを入れて、あたかも紙でできているものであるかのように平面へと「展開」すれば、当然のことながらその宝珠の部分に当たる「始まり」であり「終わり」である部分は左右対称に配置されるのである。厳密に時間が「回帰」するものではなく、直線的かつ不可逆的に進行するものであると考えれば、この「宝珠」は橋の欄干に見られる擬宝珠のように、ほぼ等間隔で配列されるであろうことは想像に難くない。

「宝珠」「狛犬」「門松」の様々な表象で象徴されるものとは同一のものであるということができる。

「金剛」への第一歩
集団的な「浄化」儀礼と<宝珠>の伝えるもの[1]

Tuesday, October 11th, 2005

正月の茶道の家元の儀式の一つに「初釜」というものがある。年始にあたり初めて竈の炭を入れ火を起こし茶釜に湯を立てて招待した方々に茶を振る舞うというものである。もうかれこれ十年以上前の話になるが、、生まれ故郷にも関わらず、留学先から帰ってきて間もなくの、見るもの聞くものがすべて新鮮に感じられた時期に、ある裏千家の家元の開催する初釜の儀式に招待頂くというまたとない幸運に恵まれたのであった。私のようなまったくの茶の道の部外者がその世界の一部を垣間みることの許される「開かれた」会なのである。

この「儀式」の最中にいくつかの特筆すべき発見があったが、その中でも忘れることの出来ない或る「物品」がその初釜に登場した。それは「暦茶碗」と呼ばれるものであった。茶碗にはいろいろな種類があるようだが、この暦茶碗と呼ばれるものは、その茶碗の外周に暦の名前、もしくはそれに準じる文字が筆で書かれており、それがぐるっと一巡するようになっている。一年の暦が一周すると、また最初から同じ季節が巡るという円環状になっていて、「ある意味」を伝達するのに相応しい、まさにその碗の(円周の)形状が活かされたデザインとなっているのであった。

とりわけ私の目を捕らえて放さなかったのは、その暦自体もそうであったが、暦が一巡するところ、すなわち暦の「始め」と「終わり」の出会うところに描かれている特定の図像であった。それがあまりに驚嘆すべきものであったので、「一体これはどういうことか」と静々と進行する初釜の儀式の最中に思わず叫ぶ失態を演じた。

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それは写真でご覧になって分かるように「宝珠」であった。私の異様なまでの関心に喜んだホストの方が、礼を失した私の態度にも関わらず寛大にも奥からさらにいくつかの暦茶碗を持ってきて、別の茶をたてて私に回してくださったのであった。そしてお茶が回ってきた時、それらを思う存分眺めることが出来たのだった。

茶碗の形状や色、そして書かれている文字の具体的内容はさまざまだったが、どれも共通して在るのがこの宝珠の徴なのであった。それは「三つの火の玉*」のように描かれていることもあれば、一つの宝珠が炎上するように描かれているものもあって、幾分のバリエーションは認められるのであるが、時の始まりと終わりに相当するところに出現する「それ」は、どれも燃えるように描かれる「宝珠」であることは共通なのであった。

* この「3つでひとつのペア」を成している宝珠の図像についてはまた別の機会に論じるであろう。

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■ カトリック教会に於ける聖体顕示台「モンストランス/サンビーム」にも見出される炎の円相とそれを支える「台座」のパターン

それでは「宝珠とは何か」。無論その時にそれなりの説明を受けたのであるが、それがその重要な本質に触れる説明でなかったとしてもホストを責めることはできない。だがホストによれば、宝珠とは「宝物の玉(ぎょく)」であり、「憧れを以て獲得を目指すべき尊い何か」なのであった。それを聞いたとき、すぐに連想したのが錬金術において獲得を目指すべき目的物である「金」、あるいは「金」のコードで表されるものであった。大辞林によれば、「〔仏〕 上方がとがり、火炎が燃え上がっている様子を表した玉。これによって思うことがかなえられると説く。如意宝珠。宝珠。」

また宝珠は、それを炎と考えれば天空へと「上昇」するものを暗示する形状ととることができるが、同時に水滴のように捉えた場合、それは地上に向かって「下降」する何かを暗示することになる。この象徴には垂直方向への運動、すなわち「上昇」と「下降」とが示唆されているのである。それを裏付けるものとして下のような記述がある。

如意宝珠の由来には種々の説があるらしく、「仏舎利が変化したもの、龍王の頭の中から取り出されたもの、阿修羅(Asura)との戦いの際に帝釈天の武器が砕けて人間界に落ちたもの、人間の善行や良い因縁の報いとしてひとりでにできたもの」などとも説明されている。特にここで注目すべきは、この「至宝」が、帝釈天(Indra: インドラ)と関わりがあるとも伝えられていることである(金剛杵の記述:「金剛」への第一歩エリアーデ語録 #3 参照)。しかもそこには強い「武器」の暗示がある。そして「炎」との関連は、その形状や描かれ方からは疑いを容れる余地のないものである。

つまりどう控えめに言っても「それは二つの時間的な周期の合間」に配置されていて、それはまさにその「周期の合間」に生じる、流動的で「カオス的な」状態」(前出:エリアーデ)の<象徴>の元型的顕われの重要なひとつと視て取れるものに違いなかったのである。

一方、宝珠の形状というのはわれわれが最も「親しんでいる」ものとしては、いわゆる擬宝珠(ぎぼし/ぎぼうし)という橋の欄干や仏閣の屋根などに据え付けられているタマネギ(ネギの花/ネギ坊主)状の「飾り」である。この膨らんだキノコのような形を思わせるものは、実は世界各地に見出される。特に聖なる地所において。だが、日本では例えば九段下の日本武道館の屋根の上に載せられている巨大な「黄金のたまねぎ」が有名である。おそらく日本で最大級の宝珠のひとつと言えるかもしれない。それが「武道」を行なう儀礼の場所に「偽装的に」顕われていることにも注目すべきである。またイスラム圏ではそのようなドームを持ったモスクはいくらでもある。それらの多くが「金色」に着彩されており「金」との関連が暗示されている*のである。

日本国内に目を戻せば、日本庭園や寺社で見出される石灯籠の頂点に置かれているものである。これにはまた別の説明があり、石灯籠の構造は下から、地・水・火・風・空の順序で垂直に並べられているのである。その理解からすればこの石灯籠上の擬宝珠は、「空」に当たる訳である。

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増上寺の石灯籠

* あるドキュメンタリー映像の中で、パキスタンの核兵器製造に関わったある物理学博士が大学の生徒の前で最終的な目的、すなわち「核エネルギーの抽出/核爆発」の実現のプロセスを板書したとき、そのチョークによって描かれたキノコ雲の形状がまさに「宝珠型」であったことは無意識であったにせよ、ひとつの祖型の共有を表しているとしか考えられなかった。その映像でその教室の窓から近隣のモスクのタマネギ屋根が黄金色に光っているのが映し出されたのを私は見逃さなかった。

結論から言えば、ここでその「形状」がわれわれに示唆するものは「memento mori」(死を想い出せ)というメッセージに他ならない。すなわち「始まり」があって「終わり」がある「それ」が、永遠でないことを想起せよというメッセージなのであり、多くの人によって眺めることができる高所(屋根の上など)に堂々と掲げられているのである。モスクや武道館といった施設の「頭上」に、そして「世界の頂点」に据え置かれるのである。

それは個人の死 (small death) に関わりがないと言えば誤りであるが、第一義的には集合的なより大きな人類の経験したことのある「死」への記憶を呼び起こすものである。そしてそれは同時に「円環」である以上、未来を指し示すものである。それが日常的な個人の死ではなく、集合的な死であるところにその<出来事>が後に宗教的なものに集約されていく理由がある。そして宗教は(とりわけアジアの宗教において)その「死」の回避の知恵を教示するものとして発展した。だがその死の記憶の共有なしに伝授されるべき秘儀もあり得ないのである。

さて、茶の湯に話を戻そう。

灰の中に注意深く整えられ制御された炭と炎、そして火によって鍛えられた鉄瓶(鍛冶術の成果のひとつ)の中で煮立てられ儀礼的に聖化された「水」は、最期に「緑」の葉の煮汁を抽出する。そして、この戦慄すべき「暦」の施された道具の中に注意深く注がれた緑色のどろどろの液(お濃い茶)を会衆の皆で最期に廻し飲みをするという儀式に大いなる触発を受けたのだった。これはほとんど「毒を呷る」行為に等しい。

茶の道がこれほどまでに敬意を以て保存されて来たのは、まさにこの永遠回帰の秘儀とその共有に関わる重要性のせいに他ならないという確信が生じた。これはまさに秘密の共有(共犯関係への参入)の儀式なのである。げに、茶の湯とは恐ろしいまでに無駄なく形式化された動作や道具を通して保持されたホストとゲストとのあいだの完璧なる入社儀礼であり秘儀伝授なのであった。そこにはあるいはまた、フリーメイソンの儀礼さえ凌駕するような象徴体系を保持した一種の「結社」と考えるべき理由がある。

そして私にとっては、その悠久の昔から続いている会衆への通過儀礼(イニシエーション)が、まさに部外者へのイニシエーションとして機能した瞬間だったのである。

関連:“火花”を散らせ!──「金剛」への第一歩(続編)

二つの周期のリレイ地点を想う
エリアーデ語録 #4

Thursday, October 6th, 2005

古代ローマの暦では二月が一年の最後の月であったため、それは二つの時間的な周期の合間に生じる、流動的で「カオス的な」状態をあわせもっていた。規範は一時、機能を停止し、死者は地上に帰ることが出来る。また、ルペルカリアの祭りが執行されるのもやはり二月で、それは「新年」によって象徴される世界の更新(=世界の儀礼的再創造)を準備する、集団的な浄化儀礼であった。

エリアーデ『世界宗教史II』「私的祭儀──ペナテス、ラレス、マネス」

page 125より(太字は引用者による)

日本の正月にも「集団的浄化儀礼」の要素が色濃く残されている。正月を「世界の儀礼的再創造」であると意識して過ごす人は、脱聖化が進行した今の日本では僅かであろう。しかし、その儀礼的傾向は今にして抜き難い強さを放っている。

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一つの混乱と終わり、そして僅かな数のサバイバー(生存者)による世界再生の儀礼は、ユダヤの伝統文化の中では、より具体的な形で生きている。その最たるものが、「過ぎ越し祭(ペサハ): Passover」である。「過ぎ越し」とは言うまでもなく旧約の「出エジプト記」で記述されている当時の覇権国家エジプトからのモーゼ率いるユダヤ民族が一斉脱出をし、民族規模の艱難辛苦を「過ぎ越し」たこと記念する行事である。だが、現在の「過ぎ越し祭」はそれを記念することを口実にした言わば「クリスマスと正月が一緒にやってきたような」(Exodus: 脱出成功を祝う)祝祭的な雰囲気を持つ「私的」祭儀と化している。しかも、どうやらそのような意味合いに変質していたのはイエスが生きた「新約の時代」にすでにそうであったようであり、その様子の一端が「福音書」の中にも見出される。

まさにイエスが磔刑に遭う「金曜日」とは、ユダヤの人々が「過ぎ越祭」を祝うための準備に急がしい「前日」であったことが分かっているわけである。そもそもイエスの刑死が「13日の金曜日」であったことなど聖書の記述に求められるものではなく、あくまでも民間伝承によってでしかない。だが「13日であった」ということの象徴的意味を解き明かす場所ではないのでここで詳述しないが、<それ>が起きたのが「金曜日」であったことには、こうした新約聖書における「過ぎ越祭」記述に根拠があった訳である(史実としてよりは、あくまでも象徴的な意味で)。そして、この二つの<イベント>(「キリストの刑死及び復活」と「ユダヤ民族の脱出サバイバル」)の「季節的一致」は、それまた偶然ではなく、こうした世界の更新が「現象世界の世界的現象」として共有されていることを意味しているのである。

さて、翻って日本における正月とは、新年が明けてしまえば嘘のような「静寂」と言うか「清浄さ」をたたえた年間でも特殊な意味合いを持つ「聖なる休日」となるわけであるが、その休日を静かに過ごすために、年末の特に「晦日」「大晦日」の2日は、上や下への大忙し、「時間との戦い」の様相を呈するものとなる。まるでこの典型的な「師走の風景」が、過ぎ越前夜(金曜日)の日没以降は「火を起こしてはならない」「火を通した食物を口にしてはならない」という厳格なユダヤの律法を何としてでも護るために、必死になって祭の食事と休日の食事の準備しなければならない多くのユダヤ人家族を思わせるほどのものである。過ぎ越後の(新年の)食事は火を加えられないので冷たい(火を通さなくても良いような)食べ物となる。それは、日本の正月の場合は「御節(おせち)料理」(という名の緊急ランチボックス)となる。それもこれも過ぎ越後の数日(正月)を静かに何もせず(仕事をせず)に過ごすことが極めて重要だという通念を共有している訳である。

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マッツァ(左)とマッツァカバー(右)

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重ねて置かれたマッツァ(上)

ユダヤの「過ぎ越し」で重要な食べ物にはセイヨウワサビの摂取などいくつかの要素があるが、その内のひとつに「マッツァ」と呼ばれる「種無しパン: unleavened bread, azyme」がある。これは、イースト菌(酵母)を入れて発酵させ膨らました通常のパンと異なりまったくふっくらしていない、さしずめオードブルのクラッカーのような実に味気ないパリパリの薄っぺらい大型パンである。これは「出エジプト」という「非常時」における辛苦の期間中、発酵させた「通常のパンを先祖達が食べられなかった」という民族の記憶を留めようという意図がある、と(家長によって)説明される儀式の一部であり、過ぎ越祭の期間中、ずっとテーブルの上に「重ねた」状態で置かれており、しかも布をかぶせてあるのである。

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このなんの変哲もない鏡餅に、「円相」「至上権象徴物」「炎(陽)」「対称」「歴史の三層構造」などなど、これから順に見てゆくあらゆる祖型的要素が含まれている。



一方どんな理由でか、日本には新年明けてしばらくは通常の「暖かい米(ご飯)を食べない」という習慣がある(伝統的にはほとんど禁止されてブレーキを掛けさせられたような感じでもある)。その代わり、餅米を使ってあらかじめ搗(つ)いてある「モチ」を食べるのである。これもおそらくもともとは、火を使わないでも食べられる保存食のようなものとして、年間でも正月の期間限定で登場する、極めて儀礼的要素の強い食べ物である。ご存知のように、このマッツァならぬモチは重ねて聖なる場所にしかるべき儀礼的期間だけ安置されるのである。

ここまで記述した上でも、ユダヤ民族と日本人との間の「不可思議な暗合」を強調するのが本論の目的ではない。安っぽい旧弊な「日猶同祖論」を展開しようと言うのでもない。この話はそのような話よりも遥かに大きなフレームの話なのである。

そうではなくて、「“年の最後の月”の“二つの時間的な周期の合間”に生じる、流動的で“カオス的な”状態」の忠実な再現が、日本人とユダヤ人の両方に見出されるということに他ならず、新しい周期の初期段階では「質素なものしか口に出来ない」という状態であったことが想像できるということなのである。そして、それは過去の何らかの「苦難」を記念するものとして出来上がったひとつの「記憶術」に関係のあるものなのである。

<普遍的題材>への理解は世界の複層的様態を喪失させるか
(あるいは、「ある証言者の虚妄」)

Tuesday, September 27th, 2005

今回も、コメントに対する当方のレスが長くなったこと、また参照先のリンクがコメントでは付けられないので、こちらで公開することに。

(辛抱強い対応に感謝します > ぴかたれらさん)

さて、このたびの本題:

>> <普遍的題材>が登場する,その強い普遍性ゆえに「目の前の複層的な様態が失われる」ことを恐れているのだと言えるでしょう.<<

「恐れている」ことをお認めになるこの言い方は、かなり控えめに表されたものであると思いますが、かなり最近、似たようなトーンの主張と出会ったような覚えがあります。これは、表現されたもの(作品)の解釈を巡る議論の中で出て来たものでした。ひとつの作品に対峙したとき、それが複数の受け手の中にそれぞれ異なった「解釈」が生じることを、肯定的に捉えている(捉えるしかない)方々からの意見というのが、「複層的な様態を複層的なままに捉えて、何が悪い?」と言い換えられるものであったように思い起こされます。

ここでの私の意見も、ちょっと前なら、相も変わらず、「表現者が明確に単一の意図をもって創作したものには、実はたったひとつの意味しかない。ただ受け手の方が準備できていないためにそれに肉薄できず、自分の主観的理解というものにしがみついているために、多様な「解釈」が生まれるだけだ」という極めて挑発的なもので、それを言ってしまえば同じことを言い返されて終わるだけ、の主張だったでしょう。ただ、自分の解釈が「正しい」かどうかはともかく、表現者が存在する以上、その意図はひとつである、という言い方自体には今でも(懲りずに)何の問題も無いと思っています。むろん、表現者自身が多様な解釈に対してウェルカムであれば、何をか言わんやですが

ただ、「受け手の数だけ意味がある」という、今では世間でほぼ絶対的な優勢を誇る「作品に対しての受け手の哲学」は、私の中では凡人の「開き直り」以外の何ものでもなく、哲学と呼ぶに値しない笑止な自己への「甘やかし」でしかなかった。だが、私独りが何を叫んだところで、「受け手の数だけ意味がある」のはやはり「事実」な訳です。でも事実(現実の有り様)を言葉で繰り返すところに努力も理念も無い訳で、私は「それが万人の受け入れる現実であることは百も承知の上で、それであなた方良いのかい?」と訊いてきた訳です。

芸術の価値の相対論者からすれば、おそらく相当に刺激的な主張だとは自覚しているつもりです。まあ相対論者や主観論者が百万人集まっても、その百万人の人間が主観的に作り出すものに、その深化のレベルに違いはあっても、ある種の普遍的な題材が「かいま見られる」ことがある、ということを了解した今では、創作者が何を自覚しているのか、というのは、もはや重要な問題ではなくなりつつあるわけです。自分は一見不毛な議論に時間を費やしましたが、それがより深く自覚できたこと、そして自分なりの解釈論を具体的な作品を取り上げることで表記しようと、ついに思い立つことができたこと、このふたつが得られたので私には意味があったのです。

さて、これは「その強い普遍性」についての「こちらの側」からの意見です。この強さは多様性を消失させるどころか、現にそれが成しているように「眼前に複層的な様態」をむしろ作り出している(芥川の『南京の基督』を参照)。でも、<普遍的題材>への肉薄によって失われるのは、各々がしがみついている主観だけであって、すべてが統一的な法則の中に入っているということの認識は、むしろ「歓喜」や「畏敬」をもたらすものではあっても、「われわれは独りでしかない」という誤った認識を根底から更新してしまう強さをもったものです。それに、何を美しいと思うか(何を重要と感じるか)という美意識自体は、おそらくこの発見によっても影響を受けない。私に言わせれば「失われるものは何も無い」のです。特に受け手にとっては。

その発見によって「失われた」と感じる人がいるとすれば、それは表現者の方であり、特に主観主義を教条化させて「何でもアリ」の状態を心地よく感じる現代の似非表現者の一部が「表現する理由を失う程度」のものです。あるいは、その初期衝撃をなんとか生き延びられた表現者にとっては、表現題材が決定的に「変わってしまう」だけの話かも知れません。私に言わせれば、ほとんどの人々にとって何の被害も被らないということになります。

最後に…

<< あるいはこうも言えます.「そのこと以上に「語るに値する題材」があるのか」と問われれば,「そのこと以下であっても語ることを許された題材はあるだろう」,と.>>

むしろ「そのこと以外に」と言うべきだったですね。素直に反省。「上下」のレベルに還元するのはやはり問題だし。でも「そのこと以外に」ならば、「そのこと以外であっても語ることを許された題材はあるだろう」となります。もちろん全く反論の余地がありませんね。実際、どんな題材でも現に語られているし禁止もされていない。誰にも禁止はできない。それに対する「評価」があるだけです。それぞれ自分の理解に応じて、秘儀だオカルトだ集合的無意識だと言いたい人は言い続けるだろうし、体験の裏付けの無いにも関わらず、「何かそこにはある」と思わせぶりに言う神秘家の発言も止まらないだろう。でもそれぞれにそれぞれの理解の程度に相応な「題材」を語って悪いはずが無いわけです。

最後に強調したいのは、<普遍的題材>を諒解したところで、すべてがそこで終わる訳ではなくて、むしろ、そこから始まるもの、そこから派生する様々な課題があり、それだけを採っても、充分に一生を退屈なしに過ごすことができるほどの可能性の広がりがあるということです。

これは私の体験を元に話すのですが、「一度死んで再生する」とエリアーデが韜晦気味に(しかし恐るべき正確さを以て)繰り返し表現するイニシエーション体験というものは、現実世界においても「存在する」ということなのです。もし、意味の多義性を言うなら、「一度死んで再生する」ということの二重の意味は認めてもよく、このレベルの話でならあり得ると思います。

“火花”を散らせ!──「金剛」への第一歩(続編)

Thursday, September 22nd, 2005

最初、頂いたコメントに対するレスポンスのつもりで書き始めたのですが、長い文章になってしまったので、独立した文章にして、今日の「memo」ということにします。

懸命に「論理実証主義」のフリして言語化へとほとんど不毛に見える虚しい努力に邁進する私が、わざと何も結論を付けずに書いているのに、その私から「より具体的な何か」を引き出そうという意図(魂胆)のある「餌」なんだなという感じがしますね(たはは…)。しかも与えられた「餌」には、だいたい飛びつくことにしています。エンターテイメントなんですよ。つまり、ゼミでは口が裂けても言えないが、ゼミの皆と打ち上げにいった時は「酔った勢いで」思ったことを何でも喋る、みたいな。だから、これは番外編。

ぴかさんが見せてくれた「形状」の定義からいうと、私の知るところによれば、反論ありましょうが、あれは「1. 機能が要請する形状」であったということになります。人間が作り出したものとは言え、一定の効果として必要な自然現象(火花を散らす)を繰り返し引き出すという目的に適うという点から言えば、いろいろな「プラグ」が試されたんでしょうけど、結局「あのような形状」に落ち着いたんじゃないでしょうか? そういう意味で言えば、「人間と関係のある」あるいは「人間の欲望と関係のある」自然の法則とも言えるんじゃないでしょうか。「人類がいる限り、遠い過去、遠い未来、地球上に人間がいるなら火花プラグは同じ形をしている」ことでしょう。したがって「「機能が要請する形状」はつきつめて言えば人間とは無関係の自然の法則の世界」というご指摘は、確かに自然界ではそうですが、人間界(人間の欲の世界)でもある程度当てはめられる訳ですよ。

そしてそのプラグがどのように働くものなのか、本当の意味で何の目的のものなのか、という「1. 機能が要請する形状」の本質部分の記憶は容易に失われるが、それがどのような「こと」と関係があったのかという事件については伝承される。そして「誰」が使ったものなのかという所有者(使用者)についての記憶もいつまでも残る。つまり、プラグを例に採れば、どうして火をおこせるのかというメカニズム(仕組み)については皆目分からないが、「どうやら火をおこすことに関係があったらしい」ということは伝承され、またどうやら武器や火器とも関係があり、その道具はインドラさんが持っていて、「敵を殲滅する」のに使われたという、所有者とその目的についての記憶が残っているということです。

ただ「1. 機能が要請する形状」の本質的意味が喪失すれば、今度は「2. 約束が要請する形状」として、そのものの持っている重要度に応じてその後の歴史を生き延びる。意味や仕組みに関しての理性による説明が不能になれば「発し手 - 受け手」あって初めて意味がある形状(徴/コード)ということになっていく。例えば、「元の形」がそもそも何を意味したのかが想像できないほど変形してしまっていても、「特定の意味」を持つものとしてその徴の運用者と読解者がいる限り、「約束が要請する形状」として伝わっていく。漢字などが良い例。もともとあった呪術的な意味合いなどはどんどん薄れていって、世俗にかろうじて関わりのある意味部分だけが生き残って一義的な意味は失われる。そして二義的三義的意味合いだけでその象徴が持続的に利用される。

つまり、「象徴の解明」とは漢字の元の形状やそのオリジナルの意味を研究する学(白川静氏がやってきたような)、に似た様なものということになります。

ここまでくれば「三鈷,五鈷は人類が不在でも機能上の意味のある形状なのでしょうか」という問いについて答えはもはや自明であり、もちろん「人類が不在なら意味はあるはずが無い」となります。つまり、漢字がそうであるように、現在のような「形式」をもつ生き物として人間がいなければ、漢字から何か読み取れるものも読み取る者も無くなる。最初から最後まで人類にしか関係がない。ここには神も仏も(異星人も!)いない、無慈悲なほど「形而下」の問題です。であるからこそ、逆説的ですが、「神秘」なわけです。

この辺りをもって、おそらくぴかさんは「金剛杵の解釈」を錯視図形と呼びたいところなのかもしれません。そうだとしてもむろん驚きませんが。ただ、「プラグ」の問題は、或る「より大きな全体的な絵」における各論に過ぎず、このことだけをもって解釈の真偽を云々しても始まらないのです。むしろこうした細かな一事を以て「より大きな題材」に到達するのではなくて、より大きな題材に対する認知(尋常ならざる認識)が先にあって、こうした各論的な象徴の解釈が後から可能になるわけです。

これはエリアーデの敬愛したハシデウの「歴史に関する大胆な仮説」の第3番において書かれているように、「聖なる現象の根源的な意義を把握することによって、われわれは歴史の解釈することができるようになる。なぜなら、その理解こそ解釈の過程全体を生み出し、導き、体系化する意味の「中心」を用意するものであるから」が暗示していることです。(わっかりにくい表現ですが…)これは、私が言い換えれば、「聖なる現象の根源的な意義(と歴史の秘密)を把握することによって、われわれは象徴的物品(のすべて)をドミノ式に解釈することができる」となるわけです。

「エンジンの点火プラグ」という極めて俗的な「人間の要請」に応えて出来上がった物品が、聖なる意味を持つという「聖俗の転倒*」は、この分野においてはまず一大前提でもあり、その辺りの論考はエリアーデのみならずリン・ホワイトの『機械と神: Machina ex Deo』でも「ダイナモ」を例にして取り上げられていますよね。もっとも俗なものが礼拝の対象になるんですよ。もちろん、人間が俗なるが故に成就する(してしまう)聖なる結末がある(脱聖化の果てに聖がある)ということですね。もちろん冷静な理性が考えれば考えるほどグロテスクなことですが。

* こうした「性質の転倒」ということでいうと、(他者を殺め)「攻撃をするための道具」が「自己を高め護身する何か」という風に一見意味が逆になっているとしか思えないケースもある。なんで武器が生命を守るということになるのかと一瞬思ったりするが、それは今でも軍事力(武力)については似たような根強い「信仰」がある。一方、最も弱いものが一番強いという逆説もある。

ただ自分の経験から言うと、点火プラグというのはその持ち運びやすい大きさ、摩耗しにくいデザイン、適度に複雑な構造、などなどで「ご神体」としては極めて好都合だというのは実感としてあります。幼少の頃、空き地に落ちていた古い点火プラグのいくつかは、近所の仲間同士で分け合って、しばらくは「聖なる武具」のような意味を持つ有り難いものとして秘密の場所に隠したりして大事にとってあった経験があります。大人が見て、それは単なるクルマの部品で、もう古くなって壊れているものだと言いましたが、われわれ子供にとってその聖なる価値は揺るぐことがなかった(それが雷を発生させるものだということも知らなかったのに)。いまでは、点火プラグのキーホルダー*というようなカーマニアにとってさえある種のステータスシンボルとしても機能している事情は理解できる。とにかく、「全体」にとって重要できわめてエッセンシャルな「部分」であり、しかも取り出し可能で携帯できるサイズである、ということです。まさかエンジンやダイナモが聖なるものであったとしてもそれを携帯して持ち歩くには重すぎますからね。

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*「脱俗化」された点火プラグ

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「脱聖化」された五鈷杵

「プラグ」の関連図象としては、「ダイナモ」の他に、東洋では「宝珠」「蓮のつぼみ」(国技館のタマネギ頭から)があり、イスラム圏のモスクのドームがあり、西洋世界では「パイナップル」「優勝カップ」「sevre」「ボーリング・ピン」バリエーションとしては「fleurs de lys」から「アザミ: thistle」の紋章まで、そして重要なものとしては家具や家具時計のトップに位置する「フィニアル: finial」などがあります。今後はその辺りもひとつひとつ図版を挙げて取り上げていこうと思っています。

なにしろ、こうなってくるとエリアーデもユングさえも具体的に言及していない領域になってきますから、そういう内容の言葉の開陳にぴかさんは立ち会っている訳ですよ(なんてまたentee一流の誇大妄想が出てしまった)。

「金剛」への第一歩
エリアーデ語録 #3

Wednesday, September 21st, 2005

(page 58)

「鍛冶神トゥヴァシュトリは、ヴリトラと戦うインドラの武器[ヴァジュラ]を作る。ヘパイストスは、それによってゼウスがティフォンを打倒することができた雷電を作る。しかし、鍛冶神と神々の協力は、世界の至上権をめぐる、決定的な戦いを助けることのみに限定されていない。鍛冶師や鋳物師が同時に音楽家、詩人、冶病師、呪術師であるように、この鍛冶神は音楽・詩歌と関係している。」

エリアーデ『世界宗教史 I』「冶金術の宗教的文脈──鉄器時代の神話」

「インドラの武器」「雷電」と来れば、おそらく金剛杵(こんごうしょ)の類のことだろうと見当をつけて「ヴァジュラ: vajra」を調べたら、やはりそのようで、日本で独鈷杵・三鈷杵*・五鈷杵などの名前で知られる「あの武具」のことであった。密教の世界では仏具として利用されていることは広く知られているものだ。

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最近ではこの「武具/仏具」が装身具のように身に付けるものとして売られていたりもする。だが、エスニック系アクセサリーショップなどから入手しやすいそうした五鈷杵などを見ても分かるのだが、どれにも共通するそのデザイン上の特徴とは、それが中心の真っ直ぐな金属柱とそれにぎりぎりまで近づけられていても触れることの無い距離保って位置づけられ先鋭化された金属の湾状の枝がある、言わば「フォーク」形状にある。もちろん、デザイン状の便宜で中心の金属柱と湾状の枝部分がつながってしまっているものもあるが、それはアクセサリーとしての強度を確保するための便宜でしかない。

* さんこしょ:地上に洪水をもたらすギリシア神話上のポセイドンが三又の鉾(trident)という武器を持っており、それが三鈷杵とも形状的には似ている。

この決して触れることの無い距離まで近づけられた金属先端の突起形状は、いわゆる点火装置(イグニッション/スパーク・プラグ)に見られる特徴である。

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全体図

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拡大図

これはエンジンの燃焼室内のガソリンと空気の混合気を一気に点火するためのプラグであって、1台のクルマにいくつも付けられているものだし、クルマが好きな人なら自分で古くなったイグニッション・プラグを新しいものに交換したりした経験があるかもしれない。それだけ一般的で親しみのある自動車パーツと言えるだろう。このプラグは2つの電極を持ち、距離を持って配置されたこの近接した突起部分に一瞬高い電圧を掛け、そこに放電を起こさせて、それに伴って火花(スパーク)が散るようになっているものだ。その火花が混合気を一気に燃焼(爆発)させる。まさに人工に起こすの小さな雷である。おそらく爆弾の初期点火装置も似たり寄ったりの形状をしていると思われる。

面白いのは、このイグニッション・プラグに似た形状を持った三鈷杵や五鈷杵が、雷電を起こす神(インドラ/帝釈天)の「持ち物*」として知られていることである。そして「点火/点火する」を意味する(ignition, ignite)が、インド=ヨーロッパ諸民族として、ヨーロッパ言語と多くの共通音を持つサンスクリット語の「アグニ: agni」に語源を持つという事実である。アグニ神は、ヴェーダに出てくる火神であり、民衆の間では台所や竈(かまど)の神として知られる。「天にあっては稲妻として走り、地では祭火として燃え盛る」と言われ、炎によって事物を浄化(更新)するその行為の主である。Wikipediaによれば仏教界では「火天」とも呼ばれると言う。

* アスラ族の王ラーヴァナの大軍を一撃で死滅させたインドラの武器は「インドラの矢」とも呼ばれている(ラーマーヤナ)。

この破壊の一撃をもたらす「法具」である五鈷杵が、チベット密教のカーラチャクラの儀式の最後の場面に出てくるのはきわめて印象的である。専門のラマ僧によって細心の注意をもって時間を掛けて入念に完成された精妙なる巨大な極彩色の「砂のマンダラ」を、「世界の至上権」を体現するダライ・ラマが五鈷杵*を手に破壊するという場面である。破壊されることが前提として描かれるこの極彩色の絵を成立させる、原色に近い多量の顔料の砂は、混ざってカオスに戻ると嘘のように、灰色の砂漠のような砂に変容してしまうのである。

* これの英訳がthunderbolt(イカヅチ:怒槌)と訳されているのを見たことがある。

韜晦の終わり #3(神秘思想の真相/深層)

Wednesday, September 14th, 2005

文字通りの意味で、「実に、有り難い」ぴかたれらさんとの対話の中で出て来た言葉:「元型(アーキタイプ)の表象について網羅的,博物誌的,収集的には語られているものの,それそのもの核(コア)は,ユングにしてさえ口が重くなり曖昧になる」という傾向、そしてそれは何故かということについて…

元型(祖型)が何を「起源」とするものなのか、という問いについては、当面、どう考えようと、それはどうでもいい。

象徴体系/神秘主義などについて語ろうとすると、ある種の「韜晦」がなぜ生じるのか、ということについて、「語ろうとする立ち場」から説明してみる。

ひとつには、どのような方法によってかは問わず、「識っていること」をただ話すだけなら簡単だが、その結論自体に「科学的根拠があるとは思われない」という理由で排除される可能性があるということが大きい。要するに「実験的に証明できるような正確な対象物がすでに失われて久しい」(リュック・ブノア)からである。一方で、「超心理現象から地球外生命まで」の類にすぐ飛びついて、「何でも信じてしまう」傾向の人々からも、それが「超心理的」なことではない、ということが納得してもらえない*し、そうした「信者」達によって、この分野が疑わしい似非科学であると混同して理解されてしまう怖れが、われわれを再び寡黙にさせるのである。

* 人によっては「荒唐無稽の程度の問題だ」と言うかもしれないが、人間以外の何か (something super natural) に原因を求めるその「神秘主義」は、起きたかもしれないまったく物質的・身体的レベルでの「途方もなさ」を信じるよりも、かえってそうしたSF的な「不思議」の方に一足飛びに心が奪われるようである。

そうした事情から、説明者は真面目に受け取ってもらいたいと願うあまり、エリアーデが試みた如く、「実験的に証明できるような正確な対象物」が無いにも関わらず、畢竟、「論理実証主義」的な方法を採らざるを得ず、そのために退屈なほどの長時間を要する迂遠な手続きを経なければならない。(しかも、不運なことにそのような「証明」につきあえるほど「現代人」はヒマではない。)

単に博物学的な資料の羅列なら、蒐集に掛ける努力は大変なものだろうが、博物学者にとって「説明」は比較的「気が楽」である。なぜなら、そこには収集提示することが目的となっているので、博物学的な資料として必要なデータを見せながら必要最低限の資料についての説明することが、「語ること」を意味するからだ。だが、全体としてはそれらが「何を表しているのか」、「何を意味をするのか」という「総合の要請」に答えなければならないとなると、一見荒唐無稽にしか思えないことに言い及ばなければならなくなる。

そして、総合的(包括的)な回答を示そうとするほど、それに掛かる時間と、それをそれとして理解するために必要な博物学的な知の量が結局、本質的な問題となる。ということは、「総合の要請」には応えたくとも、回答を受け取る側にもその答えを「受け入れる」ためには、発信者と同等かそれに近いだけの知の量が求められる訳である。従って、それを説得するプレンゼンターが自身で体験したのと同じ手続きで、パブリックが「それ」を追体験することは無理だろうことにも想像が至るので、やはり理解を得る事自体が無理だろうと諦めてしまう訳である。

だが、むしろ網羅主義的な「蒐集」というものが起こるのも、ある意味、むべなるかな、という面がある。何故なら、「まだ前提となり得ていないこと」を一般的原理として打ち建て(創造し)ようとすることなので、その方法は帰納法(事例の収集)を採らざるを得ず、総合を計ろうとするほどに、事例収集は徹底せざるを得なくなるからだ。だが、自分にとっては、蒐集は人に任せたい。私に言わせれば、「もう十分に揃っているよ」ということなのだ。だから、巨大な演繹法を使って、次なような結論を出さざるを得ないということなのだ。

それはもう前提となっているではないかと言われそうだが、私の言っている意味では、まだ十分に認定されるほどの前提となっていない。それは「文明は死ぬ」ということである。そのどこが、珍しいことなのかと言われそうだが、

大前提(一般的原理): 文明は死ぬ

小前提(事実): 「われわれの世界」は文明である

結論(個々の事情): 「われわれの世界」は死ぬ

ということである。そしてさらに言うと、

大前提(一般的原理): 死んだ文明は生き返る

小前提(事実): 「われわれの世界」は死に往く文明である

結論(個々の事情): 「われわれの世界」は死んでその後、生き返る

これだけ読めば、ある意味「自明」過ぎて、「神秘主義」とさえ呼べない話であろう。だが、ここで言う「文明」が、どういう意味の<文明>であるのかをここでは断っていない。たとえば「歴史は繰り返す」と言う時、どういうスケールの<歴史>を語っているのかをここでは明示していない。誰もが「知る」ように、私が断るまでもなく、文明や歴史には隆盛があり滅亡があった。「栄枯盛衰」「驕れるものは久しからず」などなど、言い古された言葉達がある。つまり、やや古い地層から発掘されるような意味で、あるいは古い歴史書や神話や伝書を紐解けば見つけられるという意味で、はたまた「実験的に証明できるような正確な対象物」を有する時代の範囲内で、「文明がかつてあった」「人類史は似たようなパターンの繰り返しである」というような、自明な意味での「歴史」や「文明」ではないからである、ここで語っていることは…。それは、それはエリアーデが高く評価していたというハシデウの「歴史に関する大胆な仮説」の中でも「さりげなく」使われている「超歴史的」という言葉が指し示すスケールのものである。

そうしたことを「鳥瞰する」体験、というものはある。過去が見えたためにありありと見えてしまう未来というものがある。それが如何にヴィヴィッドなものであれ、「歴史的に証明できる対象物」は失われて久しいのだ。そうしたときに、何を語るべきものとするのか。語るべきものを持った人間が、どのような言語によってそれを語るのか、それが大いなる問題となるのである。詩がもっと読まれた時代なら、少しは事情が違うかもしれない。映像表現というものを人間が持たなかった時代よりは、以前より有利な立場にあるという言い方もできる。しかし、たとえばタルコフスキーやキェシロフスキが、どのように多くの鑑賞者から捉えられているのかという現実を見れば、一体どれだけ、「詩が読まれた時代」より有利と言えるのであろうか? 私に言わせれば、それは「絶望」と呼ぶに相応しい状況である。

だが、「絶望」を絶望しているだけでは、ダメだという心を養生するすることを、この10年で覚えた。恐怖を畏敬という言葉で言い換えることを学んだ。そうして、『解読』を世に問うことにしたのだ。

それでも「酔った勢いで話す」みたいな状況は出てくる訳で、そこで暗示的に語られることは、おそらく第三者からしてみれば、「思わせぶりなだけ」の発言と思われて、ほとんどの場合終わったとしても、私は驚かない。どれだけ、あからさまな表現をしても、それでも分からないという人は必ずいるものなのだから。

韜晦の終わり #1(詩がわれわれに語るもの)

韜晦の終わり #2(これを、あれから区別する)